まーたる、ショートストーリーを書いてみた第12弾ヽ(*´∀`)
お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)
『青春ストラテジー』
チャイムが鳴るとまるで解き放たれた鳥のように、みんなが教室から一斉に飛び出して行くのを七音は頬杖をつきながら眺めていた。
7月終わりの夏の日。
一学期の終業式、明日からの夏休みになんだかみんなが浮き足だっているように見えた。
七音はなんとなく自分だけ置いていかれているような気がして、小さくため息をつきながら教室を見回した。
ーーあいつ、もう帰ったのかな……。
夏休みに入る高揚感とクラスメイトとしばらく会わなくなる少しの寂しさが交差する教室に、七音が探すその姿は見当たらない。
つややかな黒髪のポニーテール。
開け放たれた窓から夏の突き抜ける熱い風が入り込み、カーテンが勢いよく舞い上がった。
ーーあつ……。
いつの間にか誰もいなくなってガランとした教室を見渡して、七音はこれ幸いとばかり窓際に椅子を引き寄せてキラキラと光る海をみつめた。
来年になれば受験や就職、それぞれの道を進むのに必死で、夏休みを満喫する余裕はないだろうなと、つい先ほどまで賑やかだった教室の騒めきを思い出す。
今年受験生でなくとも部活をやってるやつは部活動で毎日学校だし、帰宅部だって夏期講習だなんだと結局は忙しく毎日を送って、純粋に夏を楽しむというわけではないのだ。
例に漏れず帰宅部の七音も夏期講習の予定が入っているが、でもこの夏をただなんとなく終えたくなかった。
青くさいかもしれないが、青春している!と実感したい。
17歳の夏は一度だけなんだと七音は思い、いつもと違う夏を過ごしたいと強く願う自分に自分自身驚いていた。
ーーそれはたぶん、あいつのせい……。
夏の風がひときわカーテンを舞い上がらせて、思わず七音はため息混じりに呟いた。
「あ〜あ、青春してぇ……」
「誰と?」
「そりゃ、あお……ええっ⁉︎」
言いかけて七音はぎょっとして振り返った。
「ね、誰と青春したいの?」
ポニーテールを風になびかせながらにっこり笑う碧波がそこにいた。
「なっ、なんだよ!びっくりさせんな!」
赤くなる顔を見られまいと再び窓の方を向いた七音の顔を、覗き込むようにして碧波が隣に立った。
柑橘系の爽やかな香りが風に乗って七音を包む。
碧波はさざなみ保育園の星組の頃、つまり3歳から小、中、高と一緒の幼なじみだ。
初めて会った保育園の砂場で、赤いスコップを使いたいけれど貸してと言えずに唇をきつく結んで、今にも泣きそうな顔で立っていた碧波。
七音が貸してやるとにっこりと笑って小さくありがとうと呟いた碧波。
そんな碧波の屈託のない笑顔は今も変わらずにそのままで、それは七音にとって必要不可欠なものになっていた。
「おまえ、まだいたの?」
速まる鼓動を隠そうとぶっきらぼうに言う七音に、碧波はクスクス笑いながら、
「図書室の本の整理を頼まれてて、今終わったとこ」
碧波が図書委員に立候補したとき七音も手を上げようとしたが、なんとなく恥ずかしさが先に立ち、伸ばしかけた手を引っ込めてしまった間に他の男子に決まってしまい、後から死ぬほど後悔した七音だった。
「川島も終業式にわざわざ片付け押し付けることなくね?
おまえ一人なの?篠原は?あいつ図書委員だろ?」
「普段の日だと放課後忙しいだろうからって、川島先生が気を遣って終業式の日にしてくれたのよ。
その方が時間取れるでしょう?
篠原くんは彼女とデートだから悪いっ!って、私を拝みながら走ってったわよ」
篠原の姿が面白かったのか思い出し笑いの碧波に、
「おまえもたいがいお人好しだな」
七音は呆れ気味に笑って言った。
そう?と首を少し傾げながら碧波は窓の外を見る。
七音は同じように前に向き直りながら、そっと横目で碧波を盗み見ていた。
ーー綺麗だな……。
抜けるような夏空は眩しく光り、遠くに見える水平線をどこまでも美しく照らしている。
それをじっとみつめる碧波の横顔は幼なじみとして見慣れているはずの七音でさえ、思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。
「ね、七音は夏休みどうするの?」
「えっ?オレ?夏期講習あるけど……」
「それだけ?」
「それだけだけど……」
七音の言葉に、ふ〜んと言いながら碧波はなんとなく府に落ちないようだ。
「夏休みなのに勉強だけとか、マジ味気ないよな。
でもなんでそんなこと聞くんだよ」
「七音、部活入ってないし、受験生の夏と違って今年の夏が思いっきり楽しめる高校最後の夏でしょ?
みんなそれぞれ予定があったりして、七音はどうなのかなって」
なんだ、そんなことかと七音は少しガッカリして、碧波の形のいい唇をみつめた。
たしかに今年が純粋に夏を楽しめる高校最後の夏かもしれない。
来年の今頃はどんな自分の未来と対峙しているのだろうか。
ーー保育園から高校まで一緒なんて奇跡なのかもな……。
碧波の横顔をみつめながら七音は思う。
七音は大学に進学することは決めてはいるものの、未だその未来図は不透明だ。
学校で勉強するのもこうして放課後に並んで海を眺めることも、あと一年と少ししかない。
未来を改めて考えると急に七音の中に寂しさと焦りが湧き上がり、そして碧波への秘めた想いがじわじわと、しかし確実に溢れ出してきた。
ーーオレは碧波と一緒にいたいんだ。
ーーずっと一緒にこうして海を見ていたいんだ。
「ねぇ」
碧波がゆっくりと振り返り少し口ごもりながら、
「行くの?」
「行く?どこへ?」
唐突な碧波の問いかけに七音はポカンとして、ちょっと間の抜けたような返事をしてしまう。
「だから、その……」
「なんだよ、らしくないな。
ハッキリ言えよ。」
七音の言葉にムッとしたのか顔をしかめながら、でもその頬を赤く染めながら、
「だから、花火大会!」
「花火大会?」
そういえば駅前に花火大会の開催の広告がでかでかと貼られていたのを七音は思い出した。
毎年恒例で行われる花火大会で海岸沿いは多くの人々で溢れ返るから、人混みを嫌う七音は誘われても一度も行ったことはなかった。
昔から人混みが大嫌いなこと知っているはずなのにと訝しく思いながら、七音は少し俯きがちでいる碧波の顔を伺うようにみつめた。
「オレが人混み嫌いなの、おまえ知ってるだろ?
今までだって一度も花火大会なんて行ったことないのに、なんで今さら行かなきゃなんないんだよ」
「だって、亜弥が……」
「亜弥ちゃん?」
「七音を誘うんだって、花火大会一緒に行くんだって言ってたから……」
七音は隣のクラスの亜弥から花火大会に誘われていたことを今思い出していた。
「あぁ、そういえば誘われてたな」
「行くの⁉︎」
碧波はガバッと顔を上げて七音に詰め寄った。
今までにない真剣な眼差しに七音は戸惑い、グッと近づいた距離に鼓動が高鳴ってゆく。
長い睫毛がふるふると揺れて、形のいい唇がきつく結ばれているのを見て、七音はふっと笑った。
「何笑ってるのよ」
「いや、べーつに」
笑われて不満そうに口を尖らす碧波に、七音は今度こそ声を上げて笑った。
睫毛を震わせて唇をきつく結ぶのは、特別なときにしか見られない碧波の癖だ。
「でもなんでそんなこと、おまえが訊くの?」
「えっ……?なんでってそれは……」
唐突な七音の問いに今度は碧波が怯んだように後ずさる。
「ね、どして?」
いたずらっ子のように微笑む自分の顔は、碧波の瞳にどんな風に映っているのだろうか。
子どもの頃のような無邪気な笑顔なのか、それとも別人のような意地悪な笑顔に映るのか。
ーー碧波、おまえ、オレのこと好きだな?
確信した七音は、もう踊り出したい気持ちでいっぱいだった。
絶対に渡したくないものに対して見せるこの意思表示こそ、滅多に見られない碧波の癖だ。
好きなものを好きだと、ほしいものをほしいとはっきり言えない碧波の精一杯の意思表示。
「意地悪ね……」
碧波は上目遣いで七音をみつめて小さく呟いた。
もうわかってるんでしょう?と言わんばかりだ。
保育園からの付き合いだ、お互いのことはわかりすぎるほどわかっている。
ということは、きっと自分の気持ちももう碧波にはわかっているはずだと七音は思い、そう思ったら碧波への想いがさらに加速していくのをはっきりと感じた。
「亜弥ちゃんからの誘いなら断ったけど?」
七音の言葉に碧波は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、すぐにホッとしたように頬を緩ませた。
しかしそれを悟られまいと慌てて横を向く。
「亜弥可愛いのに、断ったなんてもったいなかったんじゃないの?」
碧波はどことなく不安そうな面持ちのくせに、それでもまだそうやって憎まれ口を叩くのだ。
ーー意地っ張りなやつ。
背が伸びて大人びてきても、意地っ張りで素直じゃない碧波はあの頃のままだ。
七音はそんな碧波が愛おしくてたまらない。
「おまえとだって行ったことないのに、どうして亜弥ちゃんと行くんだよ」
七音は碧波の顔をさらに覗き込み、わかってんだろ?とでも言うように微笑むと、碧波は照れくさそうに七音の髪の毛をクシャッと掴んだ。
「なんだよ、照れんなよ!」
「なによ、生意気よ!七音!」
言葉とは裏腹な碧波のとびきりの笑顔は、夏空の眩しさのようにキラキラと輝いている。
進む道は違っても、二人が見つめる先の未来は同じものなのだと七音は思った。
「七音」
「なんだよ」
「ずっと一緒って、いいね」
これからもね、と小さく呟いて逃げるように教室を出て行く碧波を見ながら、七音は頬が熱くなるのを感じた。
ふいに投げかけられる碧波の一言にこうも動揺してしまうのも昔から変わらない。
長い付き合いだけどまだまだ碧波を知り尽くしていないと七音は思った。
ーーもっと、あいつを知りたい……!
「なーおと!遅いよ!はーやく!」
ずんずん先に歩いて行ったくせに、廊下の曲がり角でこっちを向いて碧波が叫んでいる。
碧波を攻略するには一筋縄じゃいかないみたいだと七音は苦笑いを浮かべた。
「今行く!」
教室を走って出て行く七音の背中を押すように、夏の風が鮮やかに吹き込んだ。
完
暑い夏の日の、サイダーみたいな恋物語を書いてみたいなと思いました。
十代の甘酸っぱい恋心を感じていただけたらいいなと思います(*´꒳`*)
もうずいぶん昔のキラキラした恋心を思い出しているまーたるです(●´ω`●)✨
最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)