まーたる日記

米津さんLOVE❤️のブログ初心者です(^з^)-☆見た目問題当事者の視点から「見た目問題」について綴るとともに、まったり日常で思うことを書いていきます(*´꒳`*)よろしくお願いします(*´∀`)♪

まーたる、ショートストーリーを書いてみた⑧

まーたる、ショートストーリーを書いてみた第8弾ヽ(*´∀`)

 

 

お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)

 

 

 

『ミッドナイトカフェ・WHEEL of FORTUNEへようこそ』

 

 

 

episode8 「サロン・アインシュペンナー 再び」

 

 

 

 

 夜の帳が降りると『WHEEL of FORTUNE』の看板に灯りが点る。

 オレンジ色の暖かな灯りは、隠れ家のようなその店を都会の片隅にぽっかりと浮かび上がらせ、まるでそこだけが緩やかに時が流れているようなノスタルジーな空間であった。

 その店を見つけることは奇跡と言ってもいいと、運良く店に通うようになった客たちは言う。

 人生の車輪を動かして前に進むことができたのは、間違いなくこの店に、あのひとに出会うことができたからだと。

 オレンジ色の明かりが暖かい店内にはいつもヴァイオリンの音色が穏やかに流れ、夥しい数の酒瓶が並ぶ棚の横には、今にも廻り出しそうな鮮やかな車輪の絵が圧倒的な存在感で飾られてある。

 まるで絵の守り人であるかのような美しいオーナーが、カウンターの中で静かに微笑み出迎えてくれるのだ。

 その静かな微笑みはまるで聖母マリアかと見まがうほどのあたたかさに溢れ、それぞれが心の中に抱える悩みや苦しみを思わず吐露してしまう、そんな深い優しさに包まれているのだった。

 しかしこの数日、『WHEEL of FORTUNE』は夜になっても看板にそのあたたかな灯りが灯ることはなかった。

 重厚な木の扉に流れるような達筆な文字で、しばらく休店いたしますとだけ書かれた紙が張られてあり、それを見た客たちは残念そうに息をつきながら帰っていくのだ。

 

 

「凛子さん、どこ行ってんだよ。

久しぶりに飲みたかったんだけどな、凛子さんのカルーアミルク

あかりも久しぶりだったんだろ?

凛子さんに会うの」

 

 

 恭平は肩を落としながらあかりに言った。

 

 

「うん。ね、恭ちゃん」

 

 

 ピアノの楽譜であろうか、何冊もの楽譜を胸に抱えたあかりは真っ暗な店の窓をみつめて、

 

 

「凛子さん、もしかしたら廻しに行ったのかも」

 

 

「廻す?何を?」

 

 

「これよ」

 

 

 あかりは暗いままの看板を指差す。

 

 

「『WHEEL of FORTUNE』……。

運命の輪、ね」

 

 

 恭平の顔がパッと明るくなるのをあかりは面白そうに眺めた。

 従兄弟の恭平にとってオーナーの凛子は、恭平のどうしようもないくらい絡まった心の糸を解して、なおかつ前に進む勇気をくれた、姉のような友人のような特別な存在なのだ。

 あかりにとっても凛子は自分のピアノへの情熱を再確認するきっかけをくれた恩人であり、不思議と心穏やかになる凛子のあの静かな微笑みに久しぶりに包まれたかった。

 

 

『しばらく休店いたします』

 

 

 凛子らしいといえば凛子らしいあっさりとしたこの張り紙を見て、あかりはついに凛子が心を決めたのだと思った。

 ヴァイオリニストとして輝かしい舞台が待っていた成島凛子に何があったのかは知る由もない。

 しかし、一つ言えることは天上の音色とまで言われたあの音をこのまま埋もれさせてはいけないということだった。

 将来の音楽界を背負っていくほどの表現者の一人なのだ。

 ピアニストを夢みるあかりにとっても、凛子はまさに雲の上の人なのだ。

 

 

「凛子さんは在るべき場所に戻ることを決めたのね」

 

 

 あかりの言葉に恭平は少し俯いた。

 この店と出会い凛子と出会い、足繁く通うようになってからは、ここは恭平にとって聖域のような場所になっていた。

 逃げ場所ではないけれど、ここに来て凛子の顔を見てコーヒーを飲み、時にはアルコール入りのコーヒーを飲むと、日々を過ごす中で感じるストレスが一気に霧散していくのがわかるのだ。

 凛子を知っていくうちに、何か訳があってこの店にいるんだろうと思っていた恭平は、凛子が自分の人生を前向きに歩く決心をしたことが嬉しかった。

 しかし、この聖域が消えてしまうかもしれないという寂しさがふいにこみ上げてきて、恭平の心がしくりと痛んだ。

 

ーー凛子さん……。このまま戻って来ないなんてこと、ないよな……。

 

 真っ暗な看板をみつめながら恭平とあかりは無言でしばらく佇んでいた。

 

 

 見上げたウィーンの空は青く澄んでいて、それだけで凛子は泣きそうになった。

 透がいないこのウィーンの地をもう二度と踏まないつもりだった。

 もう二度とこの街を歩くことはないと思ったし、もう二度とこの空を仰ぐことはないと思っていた凛子だった。

 しかし三年ぶりに降り立ったこの地は、驚くほど優しく凛子を迎え入れてくれた。

 三年もの月日が経っているとは思えないほどウィーンの空気が、雰囲気の全てが凛子を優しく包んでくれた。

 ウィーン行きを決めるまで何度も自問自答を繰り返したが、結局そのたびに同じ答えに行きつき、今こうしてウィーンにいるのだった。

 凛子は静まり返っているだろう店の中の『運命の輪』を思い浮かべる。

 店で出会った客たちの人生にある、それまで動くことのなかった『運命の輪』が廻るきっかけを、透が描いたあの絵が与えてくれた瞬間を凛子は何度も見てきた。

 『運命の輪』を廻す決心をした人の清々しい表情を見て、悩み傷ついていても人は前に進んでいける強さを持っているということを、凛子は客一人一人から教えてもらったのだ。

 だからこそ自分の『運命の輪』を正しく前に進めてみたいと思えた凛子なのだった。

 そう決めてからの凛子は素早かった。

 レディ・アデリナからの手紙に書かれてあった思い出の教会が取り壊されるまでに、自分の音を取り戻さなければならない。

 天才とまで言われた凛子ではあるが、三年のブランクは言うまでもなく高すぎる壁であった。

 店も開店時間を短くし小さなスタジオを借りて、ヴァイオリンを習ったばかりの頃のように一音一音を確実に取り戻すべく、ただひたすらに弦を弾いた。

 硬くなり動かなくなってしまった指に焦る日もあったが、ウィーンに行くまでにせめて動かせるようになっていなければ。

 

 

「……凛子、今、なんて言ったの?」

 

 

 あの夜、明日香は静かに、それでいて喜びを抑えたような震え声で言った。

 

 

「私、ヴァイオリンを弾きたいの」

 

 

「凛子……」

 

 

「ブランクがあるのはわかってるわ。

それがどんなに難しいことかもわかってる。

だけど、弾きたいの。

明日香、私はやっぱりヴァイオリンを弾きたいの。

透がいない世界で弾いても無意味だと思ってた……。

でも、それでも私はやっぱりヴァイオリンを弾きたい……!」

 

 

 はっきりと言葉に出した瞬間、凛子の中の無意識のうちに抑え込まれていた感情が一気に爆発したように溢れ出した。

 

 

「明日香、お願い。

私が私の音を取り戻すために力を貸してほしいの」

 

 

「あなたの音を取り戻すために、私がどれほどの役に立てるのかしら……」

 

 

「透との思い出の教会が年内に取り壊されてしまうと、レディ・アデリナから手紙がきたの。

クリスマスのミサが最後になるだろうって。

私はあの教会で透への想いの全てを捧げたい。

透が愛してくれた私の音を捧げたいの。

難しいことなのはよくわかってるわ。

だけど私は私の全てをかけてあの場所で奏でたい!

そうしなければ私は先に進めないの。

私は先へ進むために、自分の音を取り戻さなくちゃならない、そのためには明日香の力がどうしても必要なの」

 

 

 電話の向こうの明日香は無言だった。

 明日香は世界的に活躍するプロのヴァイオリニストだ。

 三年のブランクがどのようなものかをよく知っている。

 一日として指を動かさなければ音がまるで違ってくるのだ。

 もはや凛子の音はかつて天上の音色と言われた、艶やかで鮮やかな音色ではないこともわかっていることだろう。

 

「その道はかなり厳しいわ。

かつて栄光を与えられた人間には高すぎる壁を、それでもあなたは越えようとするのね」

 

 

明日香は静かに言った。

 

 

「……わかったわ」

 

 

「明日香……」

 

 

「秋以降はスケジュールを調整するわ。

そうね、今決まっているリサイタルはこなさなくちゃならないけれど、じゃあ来月よ」

 

 

「来月?」

 

 

「そう、来月ウィーンに戻りなさい。

あと一カ月あるでしょう?

その間にできるだけブランクを縮められるようにしておくのよ。

いくらブランクがあったとしても、あなたはれっきとしたヴァイオリニストなのよ。

来月を楽しみにしてるわね」

 

 

 言っておくけど私の指導は甘くないわよ、という明日香の意地悪な物言いにに煽られて、凛子の中の負けず嫌いの炎が一気に燃え上がった。

 そして一カ月の猛特訓を経て、こうして今、ウィーンの風を受けている凛子なのだった。

 九月も終わりに近づいて、風も秋の色を纏いながら街を吹き抜けてゆく。

 賑やかな通りを少し入ったところにレディ・アデリナのカフェはあった。

 午後のやわらかな陽射しは、石畳に凛子の影を優しく作る。

 レディ・アデリナのカフェに向かうこの道を、何度透と歩いただろう。

 しかし凛子は今ここに透がいない現実を、思いの外冷静に受け止めていられる自分に驚いていた。

 ウィーンの街にはそこかしこに透との思い出がこびりついていて、昔のように息ができないくらいの苦しさに襲われるのではないかと思っていたのだ。

 

 

ーー時は流れていくものね……。

 

 

 どんな状況でも時は誰にでも平等に流れていき、どんな深い傷を負ったとしても自然に薄らいでいくものだと、凛子は今身を持って感じていた。

 懐かしいカフェの前まで来ると勢いよくドアが開き、顔を真っ赤にしたレディ・アデリナが飛び出してきて凛子を思い切り抱きしめた。

 

 

「なんてことなの……!

リンコ、あなたなの?

どうしてここに……?

あぁ、神様……!」

 

 

 涙でグシャグシャになったレディ・アデリナは凛子の顔にキスの雨を降らせ、何度も抱きしめた。

 レディ・アデリナのオレンジの香水の匂いを懐かしく吸い込みながら、凛子の頬にも涙が伝わってくるのだった。

 

 

「まだ夢を見ているようだわ。

あなたがここにいるなんて、本当に信じられない……」

 

 

 レディ・アデリナは頬を紅潮させながら、未だ興奮冷めやらないといったふうであった。

 秋の陽射しがたっぷりと差し込む店内は明るく、比較的空いていた。

 中に入ると凛子の足は自然とカウンター脇のテーブルに向かう。

 透と凛子の指定席。

 レディ・アデリナの瞳が限りなく優しく凛子を包んだ。

 

 

ーーあぁ、帰ってきた……。

 

 

 ようやく帰ってきたと凛子は思った。

 

 

「おかえりなさい、リンコ」

 

 

 凛子の心を見透かしたようにレディ・アデリナが言い、そして優しく凛子を抱きしめた。

 

 

「リンコ、あなたずいぶん痩せたわね。

日本に帰国してちゃんと食事はしていたの?

お腹空いてる?」

 

 

 矢継ぎ早に言う癖はそのままのレディ・アデリナにホッとしながら、凛子は大丈夫よと微笑んだ。

 

 

「いつもの?」

 

 

 レディ・アデリナがこの上なく嬉しそうな声で凛子に声をかける。

 

 

「いつもので」

 

 

「わかったわ、待ってて」

 

 

 美しい歌声を響かせながら、レディ・アデリナは凛子のために『いつもの』を優雅に作ってゆく。

 若い頃オペラ歌手を夢みていたというくらいの美声の持ち主で、よほど機嫌のいいときにしか聴くことのできないレディ・アデリナの歌声に、店内にいた客たちが騒めきながらもその美声に聴き入っていた。

 

 

「どうぞ」

 

 

 凛子の目の前に置かれたカップには、ホイップクリームがてんこ盛りに乗っかっている。

 

 

「クリームがこんなに⁉︎」

 

 

「三年分よ」

 

 

 驚く凛子に澄ました顔で言ってのけるレディ・アデリナに凛子は苦笑いしながら、その温かな飲み物をゆっくりと口にした。

 

 

ーーあぁ……。やっぱりこれだ……。

 

 

 コーヒーとウォッカ、グラニュー糖が完璧な味わいで混ざり合ったその上に、ふんわりと泡立てたホイップクリームが浮かべられてココアパウダーがふりかけられた、凛子がいつも飲んでいたサロン・アインシュペンナー。

 この味を再現していたつもりで店でも出していたのがまるで違うもののように思えるくらい、レディ・アデリナが作るものは味わい深いものであった。

 

 

「おいしい……」

 

 

 こうしてレディ・アデリナのサロン・アインシュペンナーを飲んでいると、そのうちあのドアから透がやってくるのではないかという気がした。

 

 

『ごめん、待たせちゃって』

 

 

 透の穏やかな声が耳に優しく蘇る。

 思わず凛子はカップを置いてドアの方を振り返ったが、当然そこに透の姿はなく、少し笑って再びカップを持ち上げた。

 

 

「リンコ、あなたがここへ戻ってきたのは、もしかして私の手紙に書いてあったことが理由なのかしら」

 

 

 レディ・アデリナは凛子の横に座って言った。

 

 

「そうね、それも理由の一つになるわ。

あの教会は透と一緒に生きることを誓った大切な……大切な場所なの。

その大切な場所が消えてしまうことには、何か意味があるのかしらって思ったの。

私はそれを確かめにきたのよ。

その意味を確かめなければ、私は前に進むことができないと思って」

 

 

 凛子は言い、空になったカップを持ち上げて、レディ・アデリナのサロン・アインシュペンナーは最高だと微笑んだ。

 

 

「もう一つは、やっぱり私はヴァイオリンが好きだってこと」

 

 

 凛子はヴァイオリンケースを愛しそうに撫でた。

 透に向けて奏でていた自分の音、透以外に響くわけがない、透に届かないなら弾いていても意味がないと思って一度は手放してしまったヴァイオリン。

 しかし完全に捨て去ることはできなかったのだ。

 むしろ手放してしまったからこそ、自分の中でのヴァイオリンの存在の大きさに気づいてしまった。

 日本で開いたカフェを訪れる客たちの人生を垣間見ているうちに、その想いはさらに大きくなっていった。

 

ーーヴァイオリンを弾きたい……!ヴァイオリンを奏でたい……!

 

 

「ーーおかえりなさい、リンコ。

あなたのヴァイオリンを、ずっと待っていたわ」

 

 

 レディ・アデリナが静かに、そして優しく凛子に言った。

 

 

「……ただいま」

 

 

 そう言って微笑んだ凛子の心は、これまでになく清々しく澄み切っていた。

 かつての精彩には欠けていても、今の自分にしか奏でられない音があるはずだ。

 今しか奏でることのできない音。

 その音を奏でていきたいと凛子は思う。

 根底にあるのは透への想いを紡ぐ音。

 ヴァイオリンを奏でている間、絶対的に変わらない凛子の音色だ。

 

 

「リンコ、あなたのヴァイオリンを聴きたいわ」

 

 

 レディ・アデリナは凛子に優しく微笑んだ。

 

 

「カフェの代金の代わりに、私はあなたのヴァイオリンが聴きたい」

 

 

 カフェコンサートのときに弾いていたあの頃が蘇り、凛子は思わず俯いてしまった。

 もう透はいないのだ。

 今ここで弾いても、限りなく優しい瞳で凛子の想いの音色を受け止めてくれる透はもういない。

 その現実を今度こそ目の当たりにしたときの、自分の感情がどうなるのかが怖かった。

 

 

「リンコ、目に見えるものが全てじゃないわ。

心の中にずっと在るもの、それこそが真実だと思うの。

あなたの透への愛は、今も変わらず心の中にあるのでしょう?」

 

 

レディ・アデリナの言葉に凛子はゆっくりと顔を上げた。

 

ーー目に見えるものが全てじゃない……。

 

ーー心の中にずっと在るものこそが真実……。

 

 

『ヴァイオリンを弾いて、凛子!』

 

 

 誰もいないはずの目の前の席に透の残像がゆらりと浮かんで、凛子は思わず立ち上がった。

 レディ・アデリナの真っ直ぐな視線とぶつかって、凛子は透のいない席をみつめた。

 何のためにウィーンに来たのか。

 何のために血の滲むような練習をしてきたのか。

 もう過去に浸る時間はとっくに過ぎているのだ。

 過去に浸りすぎると戻ってこれなくなってしまう。

 『今』、このときに。

 だからこそ決心したはずだ。

 凛子はふうっと大きく息をつき、ヴァイオリンケースからそっとストラディバリウスを取り出した。

 

 

「リクエストは?」

 

 

「そうね、リストの『愛の夢』を」

 

 

 『愛の夢』は透が大好きだった曲だ。

 レディ・アデリナはどこまでも私を煽ってくると、凛子は笑みを浮かべながらヴァイオリンを構えた。

 そして最初の一音が静かに、そして確かな深い音で響いたときーー。

 あのときのリンコはまるで神様が降りてきたような神々しさで、完璧にリストを弾きこなしていたと、後日レディ・アデリナが感嘆の息を洩らしながら言うことになるほどの音色が店内に響き渡った。

 

 

ーー透、聴いている?

 

 

 凛子は一音一音に心を込める。

 

 

ーー愛してる……。愛してるわ……。

 

 

 凛子の揺るぎない透への想いは、再び鮮やかな音色に乗って今、響き始めた。

 

 

 

 

                   完

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)