まーたる、ショートストーリーを書いてみた第17弾ヽ(*´∀`)
お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)
「月のラヴレター 〜十年後〜」
ーーあと45分。
オレはデスクに置いてある黒のデジタル時計に目をやりながら、やり残した仕事がないかもう一度確認していた。
来週の社内プレゼンで使う資料は用意したし、取引先には来週のミーティングのアポイントはしっかり取ってある。
その他に細々とした仕事の引き継ぎは午前中の内に済ませてあるし、万が一にも漏れはないはずだ。
今日は何が何でも定時の18時に退社するために、何日も前から準備をしてきたんだ。
今夜は中秋の名月を観に、小夜ちゃんと丘の上の展望台に行くんだからな。
これは小夜ちゃんにもまだ言ってないサプライズなんだ!
久しぶりに訪れる、学生時代の思い出が詰まった展望台。
天文学同好会というサークルの観月会で小夜ちゃんに告白して、二人の物語が始まった特別な場所だ。
天気予報は快晴。
おそらくあの夜と同じようなまんまるで美しい月が昇っているだろう。
オレはスーツの内ポケットの中に密かに収まっている小箱に触れた。
ブルーが美しい、小さな小箱に詰め込んだ一生分の想い。
ーー今夜はオレの一世一代の大舞台なんだ!
気合いを入れたその時、チーフがオレの名前を呼んだ。
なんだか嫌な予感がしてゆっくりと振り向くと、棚沢チーフが申し訳なさそうに近づいてきた。
曇った表情からもう嫌な予感しかなくて、オレは気がつかれないように深くため息をつく。
「来週の取引先とのミーティングで使うデータにミスがあってな」
「ええ⁉︎」
「あれがないと先方に詳しく説明ができないし、話が頓挫してしまう可能性もあるんだ。
急で悪いが入力しなおしてくれないか?
おまえしか頼めるのがいなくてな」
棚沢チーフはチラッと周りを見回して、オレに頭を下げた。
たしかにここでは全部のデータの入力ミスを速攻で修正できるのはオレしかいなそうだ。
ーーここじゃチーフの次に長いのはオレだしな……。
取引先との合同プロジェクトは棚沢チーフが先頭切って進めてきた、会社にとっても重要なプロジェクトだ。
ーーチーフにはオレ、世話になりっぱなしだしな……。
歳が近い棚沢チーフは気さくで面倒見のいいまるで兄貴のような存在で、オレがすごく信頼している上司なんだ。
三年間ロンドンの支社に転勤した時に初めて出会って、慣れない海外生活を公私ともに面倒みてもらった。
小夜ちゃんと離れていたあの三年間をオレがくさらずに過ごしてこれたのは、チーフのおかげといっていいくらい恩がある人だ。
ーーでも、今日は、今夜だけは……。
なんでよりによって今夜なんだ⁉︎
無性に腹が立ってきて時計を見ると17時40分、小夜ちゃんとは19時に駅のロータリーで待ち合わせをしていた。
もう時間がない!
「チーフ、オレ、絶対18時30分にはここ出ますからね!
オレの一世一代の大舞台が待ってんですから!」
そう言ってパソコンを開いたオレは怒涛の勢いで再入力し始めた。
あとでチーフがまるで般若のようだったと回想するほど、オレは今までに見たこともないような超真剣な顔で、めちゃくちゃ集中していたらしい。
データ入力を終え、駐車場に停めてある愛車に飛び乗り時計を見ると18時50分だった。
会社から駅は近いとはいえ、この時間帯はちょうど道路が混む時間帯だ。
少し遅れるとLINEすれば良かったのに、その時間さえ惜しくてオレは車を走らせた。
案の定道路は渋滞していて、オレは気ばかり急いてしまう。
ーーいやいや、まずは落ち着け、オレ!
赤信号になってから、ドリンクホルダーに置いた缶コーヒーのプルトップを開けてごくごく喉に流しこんだ。
慌てて退社してゆくオレに棚沢チーフが放ってよこしてくれたブラックの缶コーヒー。
「大丈夫!
おまえなら絶対うまくいくよ、悠人!」
落ち着いていけよ!と言って見送ってくれた棚沢チーフ。
オレ、何にも言ってないけど察してくれたのかな。
車は少しずつ駅に近づいて、オレは一台分タイミング良く空いたロータリー脇の駐車場に車を停めて小夜ちゃんを探しに外へ出た。
夜空には中秋の名月が美しく地上を照らしているけれど、行き交う人はみんな忙しげで、誰一人として月を見上げるやつなんていないんだ。
でもきっと小夜ちゃんはこの月を眺めているだろうな。
遅刻してきたオレをみつけて、遅いよって少しむくれた顔になっちゃうかもしれないな。
でも小夜ちゃんは月を眺めてはいなかった。
代わりに隣に立っている男に笑いかけていて、そこにはオレが見たことのない笑顔の小夜ちゃんがいた。
スーツ姿の男は時計を見ては何やら小夜ちゃんに耳うちして、小夜ちゃんは楽しそうに笑ってる。
ーーなんだよ、小夜ちゃん……。
二人の姿から目が離せなくなって、その途端ドッドッドッというオレの鼓動が、急激に大きく速く響いてきた。
ーーなんでそんなやつと楽しそうに笑ってるんだよ。
オレ、今日のためにめちゃくちゃ頑張ってきたんだぜ?
今日だって会うのは久しぶりで、オレ、すごく楽しみにしてきたんだぜ?
すごくすごく、会いたかったんだぜ……?
無表情に立ち尽くすオレに気がついた小夜ちゃんは、いつもと変わらない笑顔でオレの名前を呼んで駆け寄った。
「悠人くん!」
いつもと変わらない小夜ちゃんの声が、笑顔が、なんだか急に遠く感じられて、オレはうまく返事ができない。
「遅いから何かあったのかって心配しちゃったよ」
ホッとしたような小夜ちゃんの後ろからスーツ姿の男が近づいて、
「彼が君の『満月くん』?」
ーー『満月くん』?
怪訝そうな顔つきのオレを見て小夜ちゃんが少し慌てたように、
「こちらは同僚の柳原さん。
柳原さん、こちらは私の恋人の……」
「『満月くん』だろ?」
面白そうに笑う男は少しムッとして何か言いかけるオレに、
「君が彼女にとって満月だっていうのがよくわかったよ。
現れた途端、彼女をあんな笑顔に変えてしまうんだからな」
笑いながらどことなく悔しそうな表情を浮かべた男は、はーっと息をつきながら小夜ちゃんとオレを交互に見た。
「君をあんなふうに、まるで月に照らされたような眩しい笑顔にできるのは、彼にしかできないんだね」
こくりと頷く小夜ちゃんを見て納得したように肩をすくめた男は、じゃあ、と改札の方へ歩いて行った。
小さくなってゆく男の背中を黙って見ているオレの手を、小夜ちゃんがそっと握った。
久しぶりに会ったというのに車内はなんだか重苦しい雰囲気だった。
あの男は一体何なんだ?と詳しく訊いてみたかったけれど、なんとなく訊くのが怖い気がして無言で車を走らせた。
小夜ちゃんもオレの機嫌が悪いと思っているのか、車に乗ってから一言も口を開かずに窓の外を見ているばかりだ。
ーーなんだよ、今夜は中秋の名月で、オレの大切な大舞台の夜になるばずなのに……!
『大丈夫!
おまえなら絶対うまくいくよ、悠人!』
棚沢チーフの励ましが虚しく胸に響いて、オレはもう泣きそうだった。
展望台にはカメラを抱えた人たちや、若い男女のグループが思い思いに中秋の名月を楽しんでいた。
到着したのがこの展望台だったことに小夜ちゃんはかなり驚いてたようだったけど、あの時と変わらない展望台から見上げた満月をキラキラした瞳で見上げている。
満月の光に照らされた小夜ちゃんは10年前のあの夜と変わらずにとても綺麗で、オレはどうしたって小夜ちゃんに見惚れてしまう。
「小夜ちゃん」
伸ばされたオレの手を小夜ちゃんはぎゅっと握って、歩きながらゆっくりと口を開いた。
「悠人くん、怒ってる?」
「怒る?オレが?」
「さっきの柳原さんのこと……」
申し訳なさそうに俯きながら小夜ちゃんはなおも続ける。
「あのね、正直に言うと付き合ってくださいと言われたの」
「……だと思った」
「恋人がいるからってちゃんとお断りしたの!
でもどんな人か見るまではどうしても諦めないって言って……。
気を悪くしたでしょう?」
ごめんねと小さく呟いた小夜ちゃんがますます小さく見えて、オレは握った手に力を込めてあの場所にたどり着いたんだ。
見上げたらあの時と同じ、美しく輝く満月の光が優しくオレたちを包んでる。
「わぁ……!」
雲一つない夜空に浮かぶ満月の美しさに、小夜ちゃんは小さく声をあげて目を輝かせた。
「小夜ちゃん。
オレ、自分が嫉妬深いんだって初めてわかったよ。
小夜ちゃんがあの男に向ける笑顔がいつもと違くて、めちゃくちゃ嫉妬した。
小夜ちゃんのあの笑顔はオレだけのものだって、オレだけに向けてほしいって、嫉妬した」
小夜ちゃんは黙ってオレをみつめている。
超絶にカッコ悪いけど、素直な気持ちを、変わらない小夜ちゃんへの想いを、オレは今伝えたいんだ!
震える手で内ポケットから小箱を取り出してそっと蓋を開けた。
キラキラ光るダイヤモンドの指輪が満月の光を浴びてさらに輝きを増すのを、小夜ちゃんは息を飲んでみつめていた。
「オレと月まで登って、ずっとずっと隣で笑っていてくれませんか?
10年前も今も、これからも、ずっとずっとオレは小夜ちゃんのことが大好きです!」
小夜ちゃんはじっとオレの言葉を聞いて、ただ黙りこくっている。
ーー小夜ちゃん……?
何か言ってくれよ、小夜ちゃん!
心臓が口から飛び出るくらい鼓動が速くなる。
「私を心から笑顔にしてくれるのは、この満月みたいに優しいあなただけよ」
パッと顔を上げると、小夜ちゃんが涙を溢れさせながら笑っていた。
オレが大好きなキラキラとしたあの笑顔で。
「一緒に月まで登って、ずっと一緒に笑っていようね」
「小夜ちゃん!」
小夜ちゃんの言葉を最後まで聞かないうちに、オレは思わず小夜ちゃんを抱き上げた。
「悠人くん!」
10年前のあの夜が蘇って、オレはさらに胸が熱くなった。
小夜ちゃんと出会って10年。
長い春は実らないって散々言われてきたけど、そうじゃない。
長い春だからこそ、本物の絆を育むことができるんだ。
抱きしめた小夜ちゃんの暖かさとオレを幸せにしてくれる笑顔はあの頃と全く変わっていなくて、たぶんこれからも変わることはない。
まるで祝福してくれているような満月の優しい光の中で、オレたちは微笑みながら誓いのキスをした。
完
10年後の二人を書いてみたくなりました。
悠人と小夜の変わらない想い。
どうかずっとずっと変わらずに(●´ω`●)💕✨
最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)