まーたる、ショートストーリーを書いてみた第27弾ヽ(*´∀`)
お楽しみいただけたら幸いです(*´꒳`*)
「オリオンのなみだ」
プロローグ3 躊躇いのアルニタク
電車はあと数分で駅に着く。
陽が傾き始めた空が橙色から少しずつ濃い青に染まりゆくのを、凛音は瞬きもせずじっと眺めていた。
「君はきっと合格すると思っていたよ。
学校の成績も申し分ない、それに何度も絵画展で表彰を受けるほどの腕前だ」
結果を伝えるとさして驚きもせず笑顔を浮かべた担任の表情は、しかしどこか得意げに見えた。
難関とされる御形学院高等学校への合格者は、この中学校創立以来凛音が初めてのことだった。
担任冥利に尽きるなぁなどと間の抜けたことを言う担任に、凛音は少しだけ愛想笑いを浮かべた。
やがて校長と教頭が連れ立って現れ、やたら大声でおめでとうと言うものだから、周りの視線が一気に自分に集中するのに耐えられず、挨拶もそこそこに学校を飛び出してきた凛音であった。
スピードを緩めながら電車がゆっくりとホームへ滑り込み、ドアが開くと同時に入ってきた冷たい空気をすり抜けるように凛音はホームへ降り立った。
ネオンが灯り始めた駅前は家路につく人の波で賑わい、凛音はその波の中に紛れるように足早に商店街を抜ける。
自宅マンションを見上げて、この時間ではまだ母親は帰宅していないだろうと思いながら鞄から鍵を取り出した。
駅から徒歩5分という好立地にある20階建てマンションに、凛音は母親と二人で暮らしている。
ジュエリーデザイナーとして忙しくしている母親は毎日帰宅が遅い。
取引先やお得意様との会食も多く、凛音はたいてい一人で夕食を摂る。
手を洗いうがいをしてリビングに行くと、母親が用意してくれたビーフシチューとテーブルの上にガーリックパンの入った籠が置いてあり、傍には今夜は遅くなると達筆な文字で書かれた母親からのメモがあった。
父母は凛音が幼い頃に離婚しており、それ以来凛音は父親に会ってはいない。
あまりに幼すぎて父親の顔はほとんど思い出すことができなかったが、忙しくて滅多に食事を共にできなくても、女手ひとつで育ててくれている母親の愛情を感じていたから寂しさは全く感じなかった。
むしろ凛音はこの一人の空間にホッとしているのだ。
優等生。
クール。
近寄り難い。
同級生たちが凛音に持つイメージはこのような感じで、どこか憂いを漂わせて独特の雰囲気を醸し出す凛音のことを『蔵持中のクールビューティー』と密かに呼んでいるのを凛音は知っている。
細い身体に長い手足がすらりと伸びて、艶やかなショートボブが切長の瞳をどこかミステリアスにみせている凛音に憧れる生徒は男女問わず多かった。
元々口数が少ない凛音だから余計にミステリアスに思われていた節があるが、当の本人からすれば『クールビューティー』も『ミステリアス』も甚だ見当違いであった。
ただ昔から自分の感情を上手く表現できない、人との付き合い方が上手くできない、ただそれだけのことであって、それは凛音にとってコンプレックスの何ものでもなかった。
自分の部屋に入ると鞄をベッドへ放り投げ、封筒を机の上にそっと置いた。
『御形学院高等学校 美術科 油絵専攻合格』
取り出した合格証書を穴が開くほどみつめてから、凛音はふうっと息をついた。
大好きな油絵を極めいずれ世界で通用するような画家になりたい。
中学校入学のときにはすでに御形学院高等学校への進学を希望していた凛音に、母親はしかし無謀だとか芸術で食べていけるのはほんのひと握りなのだとか、そんなことは一切口にしなかった。
「進みたい道があるのなら、そこを歩かないという手はないでしょう?」
静かにそう言って、でも道は険しいわとも呟いた。
母親自身美大を卒業しジュエリーデザイナーとして活躍しているものの、創作にはかなりのエネルギーを費やすことを身を持って知っている。
それだけに芸術の世界は甘くないことを暗に示したのだし、絵画となるとさらに豊かな想像力と感受性、そして柔軟性も必要になるとも言った。
母親の言葉を思い出しゆっくりと深呼吸すると、油絵の絵の具の匂いが凛音の鼻腔を心地良く刺激した。
子ども部屋にしては広すぎる凛音の部屋にはベッドと机の他に、いくつものキャンバスや油絵の絵の具や筆が至るところに置かれてある。
部屋の真ん中に置かれて濃紺に塗りつぶされたキャンバスは今、凛音が手掛けている作品だ。
ベランダに出て空を見上げると、今夜は特に星が綺麗に輝いている。
真っ白なキャンバスにこの夜空に輝く星々を散りばめてみたいと思った。
青空の下で力強い光を放ち全てを明るく照らし出す太陽より、夜空で静かに浮かびながら優しい光を地上に降り注ぐ月や、小さな光にもかかわらず圧倒的な存在感を誇る星に惹かれる。
凛音はそんな星のようになりたいと思った。
小さくても誰かの心に強烈な輝きを残せるような、あの青波成のような画家になりたい。
「君の絵は実に技術に忠実だね」
美術予備校の講師の声が耳の奥にこだまする。
「きっと受験は上手くいくよ」
受験直前、最後の授業が終わったあと、講師はにっこりと笑いながら太鼓判を押した。
「まだ中学生なのにとても申し分ない技術を持っている。
でもーー」
心には響かないね。
驚いた凛音がパッと顔を上げたとき、笑顔の講師の瞳が少しも笑っていないことに愕然としたのを思い出していた。
技術的には申し分ないけれど、少しも心に響かない絵。
自分の絵をそう評した講師をしかし凛音は批難することはできずにいた。
芸術にはもちろん技術は必要だが、それ以上に豊かな想像力、感受性、柔軟性が必要だと母親は言った。
そしてときにはその人生経験が素晴らしいアートを生み出すきっかけにもなるのだと。
「絵は描き手の人生そのものだと思うんだ。
これから御形で学び感じることの全ては、君の絵に魂を吹き込んでくれる。
そうして君の絵はもっともっと生き生きと輝いてゆくはずだよ」
思い切り楽しむといいよ、同じような夢を持った子ばかりがいるこの上ない環境だしね、と言ってあははと笑った講師の言葉がぐるぐると凛音の頭の中を駆け巡る。
尊敬する画家青波成のように心を揺さぶられるような絵を描けるようになるには、今の自分には圧倒的に人生経験が足りないのだと凛音は思った。
15歳という年齢だからではない。
昔から思ったこと、感じたことを上手く表現できないがゆえに友達らしい友達もいないままこれまできた。
同じ夢を持ち希望に満ち溢れながら集うまだ見ぬ同級生たちに、果たして自分は馴染むことができるのだろうかと凛音は身構えた。
良くも悪くも誤解されやすい自分は、この上なく恵まれた環境の中で変わることができるのだろうか。
はあっと深いため息をついて見上げた夜空には、雄大なオリオン座がぴかぴかと光を放っている。
オリオン座は凛音が初めて覚えた星座だった。
綺麗に並ぶ三つ星のラインがとても美しく、とても力強い大好きな星座。
もっと近くで眺めたい、そう思ったら凛音は居ても立っても居られずに、コートを羽織りマフラーをぐるぐるに巻き付けた。
もう少し落ち着きなさい。
本当にせっかちなんだから。
母親のお小言が頭上から降ってくるようで、凛音は思わず身構える。
落ち着いてみえるのに案外せっかちなこの性格は、母親以外誰も知らない。
ーー御形は殻を破るチャンス……。
誰も知らない自分を曝け出してゆく怖さに打ち勝って、御形での学生生活を豊かにしてゆくことは、間違いなく自分にとってかけがえのない人生経験になるはずだと凛音は気持ちを奮い立たせた。
青波成のように、心に響く画家にきっとなってみせる。
凛音は思いきり深呼吸をした。
ーーそうだ、あの公園に行こう。
凛音の脳裏にふと思い浮かんだ公園。
階段を登りきった先にある小さな展望台から、降るばかりに見える星々の光を今夜は思いきり浴びたい気分だ。
新しい世界へ飛び込むことへの躊躇は、オリオンの光の力を借りて、今夜全部払拭させてしまおう。
帰りが遅いとあとで本当に母親からのお小言をもらうかもしれないが、そのときは素直に謝ってマッサージでもしてあげよう。
凛音は高揚した気持ちを楽しむように、星空へと続く石段めがけて勢いよく飛び出して行った。
三つ星が出会うまで、あと少し。
並んだ三つ星の物語が今、始まる。
プロローグ3 完
雲の流れに癒しをもらい、プロローグを書き終えることができました(*´∀`*)
ちょっと煮詰まったときには空を眺めます。
そうすると癒しと一緒に閃きが降りてくる不思議(●´ω`●)✨
次回からは本編に入ります❗️
よろしかったらぜひ、ご覧ください
ヽ(*^ω^*)ノ✨💕
最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)