まーたる日記

米津さんLOVE❤️のブログ初心者です(^з^)-☆見た目問題当事者の視点から「見た目問題」について綴るとともに、まったり日常で思うことを書いていきます(*´꒳`*)よろしくお願いします(*´∀`)♪

まーたる、ショートストーリーを書いてみた㉚

まーたる、ショートストーリーを書いてみた第30弾ヽ(*´∀`)

 

お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)

 

 

                   「オリオンのなみだ」

 

     3  鍵盤に踊る天使

 

 

 カーテンを思いきり開けると部屋中に広がった朝の光が思いのほか眩しくて、凛音は思わず顔をしかめた。

 早朝だというのに外気はすでにじりじりと熱く、連日晴天続きの空を見上げながら、空はもう夏色だと凛音は思う。

 振り返った先の机に置かれた小さなカレンダーで、夏休みにまた一日近づいたことを確認する。

 夏休み前のテストはもうすぐ目の前だ。

 テストがあると言ったときの、がっくりと肩を落とした花音の姿思い出して凛音は小さく笑った。

 しかし花音の成績は優秀で、肩を落とす必要がまったくないことを凛音は知っている。

 ピアノや副科で履修しているという声楽の成績はもちろん、一般教養の科目も常に成績上位に名を連ねているのだ。

 それは持って生まれた才能であるのに加えて、花音が日々努力しているがゆえの結果であることを凛音はちゃんとわかっていた。

 

「天才天才って、みんな私のどこを見てそんなこと言うのかしら。

できないから、ただやらざるを得ないだけなのに」

 

 そう言った花音の、やるせないといった少し憮然とした表情を思い出し、『天才』と呼ばれる花音の苦しみを偶然にも知ることになったあの日の出会いに想いを馳せた。

 七音と花音とのあの運命的な出会いよりも少し前のこと。

 翌日クラスで使うプリントを取りに、音楽科の教員室のある音楽棟へ行ったあの日。

 生徒の姿がほとんどない校舎は自分の足音が響くほどとても静かで、その時ふいに聞こえてきたピアノの音に凛音は立ち止まった。

 音楽にあまり詳しくはない凛音でさえ、聞こえてくるピアノの音色がとんでもなく超絶的技巧であるとわかる。

 その鬼気迫る音色に導かれるように辿りついた音楽室の小窓をそっと覗いた凛音は、あっと小さく声をあげた。

 

ーーあの子、たしか、音楽科の天使……?

 

 類稀なピアノの才能を持つ美少女は美術科の生徒たちの噂にも上っていて、男子生徒たちからは『音楽科の天使』と呼ばれている。

 凛音から見てもまさに『天使』という呼び方がふさわしいと思うほど愛らしい姿だ。

 しかし今目の前で一心不乱に鍵盤に指を躍らせている少女は、『天使』と同一人物とは到底思えないほど鬼気迫るものがあった。

 幼い頃から数々のピアノコンクールで賞を総なめしてきたらしい『天使』が、この御形学院に入学した時はちょっとした騒ぎになった。

 音楽科の教師たちはもちろんのこと、大学の教授陣も世界で活躍する未来のピアニスト候補として、音楽界ですでに名を馳せ始めている天才少女に大きな期待を寄せていた。

 

ーーこれが、天使……?

 

 ピアノの才能に恵まれた天才と呼ばれる少女には、努力という言葉は不必要なのだと凛音は思っていた。

 少女の話を聞くたびにさして努力もせずに何でも軽くこなせているのだろうと、少し嫉妬めいた気持ちを持つこともあった。

 しかし『天使』はピアノを弾いては止めて何かに想い耽り、そしてまた鍵盤に指を躍らせてゆく。

 人前では何てことのないように超絶技巧でピアノを奏でる『天使』だが、実はこうして陰で必死に練習を繰り返し、他人には知ることのできない天才ゆえの苦悩が渦を巻いているのかもしれないと思った。

 凛音はそう思いながら我を忘れたようにピアノに向かう『天使』から目が離せなくなり、その瞬間に今まで感じたことのない『天使』への憧れのような尊敬のような、説明のできない想いが湧き溢れてきたのだった。

 天才が努力する姿は、何て力強く美しいのだろう。

 念願の御形学院で自分の夢を追い求める中で、果たして自分はここまでできるのだろうかと凛音は思う。

 しかし髪を振り乱すように鍵盤に指を躍らせている『天使』の姿は、確実に凛音の中に何か覚悟のようなものを芽生えさせてくれた。

 凛音はハッとして時計を見た。

 そろそろ家を出なければ電車に乗り遅れてしまう。

 慌てて電車に滑り込もうものなら、七音に髪の乱れを笑われてしまう。

 

ーー七音はそういうところ、鋭いんだから。

 

 凛音は鞄を掴み駅に向かって走り出した。

 にこやかな笑みを浮かべて手を振る『天使』の乗った、いつもの電車に間に合えと思いながら。

 

 いつもより早く駅に着いてしまった花音は、ホームのベンチに軽く足を投げ出して座っていた。

 電車が出たばかりのホームは閑散としており、いつもの電車の時間まであと30分もある。

 今日は朝から陽射しが強く、もう夏がすぐそこまできていることを感じて眩しい光に目を細めた。

 そのまま目を閉じると花音の耳に電話口からの母の声が蘇る。

 

「一日怠ると指が動かなくなるって奏多がよく言っていたけれど、しっかりレッスンやっているの?」

 

「風邪引いてない?

今の時期は奏多もよく風邪を引いていたわ」

 

 ウィーンに住む母が珍しく電話をかけてきたのはいいが、結局兄の話と自分たちの苦しみを吐露することだけで終わってしまうことが目に見えていた花音は、学校に行く時間だからと素っ気なく言い放ち受話器を置いてしまった。

 母の話を、声をこれ以上聞いていたくなかった。

 父も母も自分を心配して近況を聞きたがるのだが、二人とも自分の後ろに兄の姿を見て話しているのだ。

 花音ではない、一昨年亡くなった兄の奏多の姿を重ねて。

 救い難いことに両親ともそれに気がついていない節があり、花音は両親と話をするたびに自分が認められていないことを感じて心が張り裂けそうになる。

 10歳違いの兄奏多は、花音と同じく幼い頃から天才と呼ばれていた。

 若くして海外に音楽留学し、コンクールで幾度となく優勝した若きピアニストは日本でも瞬く間に有名になった。

 そんな兄は家族の誇りであり、特に母の兄への愛情は盲目的で、そのことは幼い花音の心を幾度も傷つけてきた。

 しかし奏多は花音の気持ちを察していたのか、家族の誰よりも花音に愛情を注ぎ、自分と同じピアニストの道を進もうとする妹へ自分が持つ技術のすべてを惜しみなく教え、優しく励ましてくれた。

 花音もそんな優しい兄を心から慕い、いつかは兄のようなピアニストになるのだとレッスン漬けの日々を過ごしていた最中、その出来事は起こった。

 早朝けたたましく響いた電話の音で目が覚めた花音がリビングに行くと、母が受話器を持ったまま茫然と突っ立っている。

 

「奏多が死んだわ」

 

 今日はよく晴れているわねとでも言うかのような、何とでもないような抑揚のない声で母は言った。

 

「ママ……?

……何て言ったの?お兄ちゃんが、どうしたの?」

 

「奏多が死んだのよ」

 

 花音は母が狂ってしまったと思い、身体中からざわざわと血の気が引いていくような気がした。

 

ーーお兄ちゃんが?……まさか!

 

 兄はリサイタルのために先週ドイツへ出かけたばかりではないか。

 久しぶりのドイツでのリサイタルをとても楽しみにしていて、つい3日前にはお土産は何がいい?と電話口から優しく聞いてきてくれた兄が、死んだ?

 表情の一切を失って立ち尽くす母を、花音は言葉もなくただみつめていた。

 自殺だった。

 宿泊先のベッドの上でまるで眠っているかのようだったと、奏多のマネージャーが咽び泣きながら伝えてきた。

 どこで調達したのか、大量の睡眠薬を服用した果ての死だった。

 何が原因なのか必死で探っている最中だとも言っていたが、今さら原因が何かを追求したところで家族にしてみればそれは無意味なことだった。

 たとえ原因が分かったとしても、奏多は二度と戻ってはこないのだ。

 父母自慢の息子、花音が目標とする最愛の兄にはもう二度と会えない。

 世界的にも有名になり始めていた若きピアニストの突然の死は事故死とされた。

 極度の睡眠不足により、使用していた睡眠薬の量を間違えたことによる事故死。

 奏多の所属する事務所がそのように公表したが、今いちすっきりとしない原因は様々な憶測を呼んだ。

 実際にピアニストとしての活動は順調で事務所との軋轢もなく、一体なぜ?という思いが誰の心にも残ることになった。

 葬儀は身内だけでひっそりと執り行われ、母は失意のあまり倒れ父も塞ぎ込むようになってしまった。

 そんな中に一人取り残された花音を案じていたのは当時イタリアに住んでいた叔父の理人だけで、すぐに花音の元へ駆けつけてしばらく一緒にいてくれたのだった。

 

ーーあのとき、りぃ叔父さんがいてくれなかったら……。

 

 そう思うと花音は恐ろしくなる。

 あの世界の終わりのような、色も音もない日々をなんとか乗り越えてこられたのは、理人が近くにいて励まし守ってくれたおかげだと花音は心から感謝していた。

 兄の死からピアノへの情熱が失われ、一切弾かなくなってしまった花音へ理人は優しく言う。

 

「奏多は花音の中にちゃんといるじゃないか」

 

 理人は花音の手を取り、奏多も弾いていたグランドピアノの鍵盤にそっと触れさせた。

 

「奏多は自分のすべてを花音に注いで逝ったんだ。

弾いてごらん、花音。

奏多は花音から響く音色の中にちゃんと生きているよ」

 

 理人の言葉にそれまで流せなかった涙が一気に溢れ出て、花音は声が枯れるまで泣いた。

 家族を遺して死を選んだ兄への恨みと愛情がごちゃ混ぜになり、ただ泣き続けた。

 そして涙が枯れ果てた時、花音はピアノを奏でていた。

 ひんやりとした鍵盤の上に、花音とともに奏多の音が滑るように踊り始める。

 それは理人にも花音の耳にも、あまりにも哀しくそして美しく響いたのだった。

 ホームに次の電車の到着を知らせるアナウンスが流れ、花音はハッとして顔を上げた。

 ホームから見える空は抜けるように青く、夏の訪れを感じて勢いよく立ち上がる。

 花音はほっそりとした長い指をみつめた。

 奏多の音はいつだって花音の中に生き続けているという理人の言葉が、花音の心を強く奮い立たせる。

 花音はギュッと指を握りしめた。

 

ーー進まなければ。

お兄ちゃんが行けなかった、その先まで。

 

 花音はしっかりと前を向き、ホームへゆっくりと滑り込んできた電車へと乗り込んだ。

 少し先の駅で七音と凛音が賑やかに乗り込んでくる、いつもの電車に。

 

 

              第3話  完

 

 

第3話も最後まで読んでくださりありがとうございます(*´∇`*)✨

 

セルフリメイクしながら書いているこの小説。

 

表現の仕方もずいぶん変わったなと思いながら書き進めています。

 

少しは成長できてるかなぁ(●´ω`●)✨💕

 

三つ星たちの物語、最後までお付き合いくださったら嬉しいですヽ(*^ω^*)ノ✨💕

 

ありがとうございます✨💕