まーたる日記

米津さんLOVE❤️のブログ初心者です(^з^)-☆見た目問題当事者の視点から「見た目問題」について綴るとともに、まったり日常で思うことを書いていきます(*´꒳`*)よろしくお願いします(*´∀`)♪

まーたる、ショートストーリーを書いてみた⑯

まーたる、ショートストーリーを書いてみた第16弾ヽ(*´∀`)

 

 

お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)

 

 

                     「Eternal  Love 」

 

 

 その日の朝焼けはいつにも増して鮮やかな色であるのを、美世は白い息を小さく弾ませながらみつめていた。

 

 昇りゆく太陽の光が東京下町を眩しく照らし始め、人々のいつもと変わらないその朝の風景がそこにはあった。

 

 美世はいつものように配給されたわずかばかりの芋を抱き、足早に近くに住む祖父の家へと向かう。

 

 長く病を患っている一人暮らしの祖父の様子を見に行くのは美世の日課であった。

 

 祖父の家へ向かう途中にある小さな橋のたもとまで来ると、美世は条件反射のように橋の下を流れる川縁に視線を移す。

 

 昨日までそこにあった静かな笑顔は、もう二度と美世の視界に映ることはない。

 

 いつからだったろう。

 

 いつものように祖父の家へ向かっていたとき、ふと川縁に視線を下ろしたその先にいた名も知らない青年とほんの少しだけ視線を交わすようになったのは。

 

 毎朝、ほんの数秒の出来事だったが、命を削りながら生きていかねばならないこの世界で、それは美世にとって何にも勝る宝のような一瞬であったのだ。

 

 

ーー美世さん。

 

 

 やわらかな風に乗り、静かな声が耳に蘇る。

 

 ハッと美世は橋の下まで駆け降りた。

 

 太陽の光が遊ぶ川面は穏やかに光り、変わらぬ風景の中で美世は立ち尽くした。

 

 

ーー宝治さん……。

 

 

 あの人を乗せた汽車は今頃どこを走っているのだろう。

 

 空を飛ぶ鳥を見上げて、あの鳥になれたらと美世は思った。

 

 翼があれば今すぐにでもあの人のもとへと飛んでゆくだろうに。

 

 自由に、飛んで行けるだろうに……。

 

 

 

 小さな弟が転んで足に怪我を負い家の中がてんやわんやであった早朝、少し落ち着いた頃を見計らって美世は祖父の家へ急いだ。

 

 三月に入ってからというもの、寒さのせいもあってか体調が思わしくない祖父であった。

 

 何か滋養のあるものを食べてもらいたいが、厳しい戦時下においては日々の食料にも事欠くありさまであった。

 

 とりあえず祖父の様子を見てくると家を飛び出した美世が橋の近くに差し掛かったとき、すぐ脇の階段から上がって来た人影に危うくぶつかりそうになり尻もちをついた。

 

 

「すみません、大丈夫ですか?」

 

 

 低く静かな声に美世はビクッと身体を強張らせ、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

「あっ……」

 

 

 切れ長の瞳が真っ直ぐに自分に注がれて、羞恥心から目を逸らしたいのにできず、美世はそのとき初めてその男がいつも川縁に座っているあの青年だと気がついた。

 

 

「……美世さん」

 

 

 名前を呼ばれて、なぜこの人が自分の名前を知っているのだろうと目を丸くした。

 

 しかしその声はまるで水が砂に染み込むような、美世の心の奥の奥へ溶けてゆくように優しい声であった。

 

 男はふっと笑い、

 

 

「……名札」

 

 

「あっ、名札……」

 

 

 服に縫い付けられている名札を見て美世は顔を赤くした。

 

 

「いつもここでお会いしていましたね。

 

今日は遅いのでもう来られないのかと思っていました」

 

 

 男の優しい笑みにぶつかり、美世は顔が赤く染まるのを隠すように俯いた。

 

 

「……ほうじさん……?」

 

 

 俯くときに目に入った男の胸元には美世と同じように名札が縫い付けられてあり、そこには達筆な文字で「岡崎宝治」と書かれてあった。

 

 名前を呼ばれた男は一瞬きょとんとし、そして唇をキュッと結んでみせた。

 

 

「もう一度……」

 

 

「え……?」

 

 

「もう一度、私の名前を呼んでいただけませんか?」

 

 

 まるで懇願するような宝治の熱い視線に、美世は胸の鼓動が一瞬にして跳ね上がるのを感じた。

 

 今まで感じたことのない、痛みにも似た強い想いが込み上がる。

 

 毎日この橋でほんの一瞬交わす視線は美世にとってかけがえのない瞬間であるのと同じく、宝治にとってもまた大切なひと時であったのだと思うと、美世の心は言いようのない愛しさに溢れてくるのであった。

 

 

「…宝治さん」

 

 

「美世さん」

 

 

 美世は今日ほど自分の名前が美しいと思ったことはなかった。

 

 名前を呼ばれてこれほど幸せに思ったことはなかった。

 

 美しい世とは程遠い世界で生きている中、美世は初めて生きることの喜びを感じたと言ってもいい。

 

 

「……ありがとう。

 

でも、もう時間がないようです」

 

 

 宝治は微笑んで、そして美世の顔を真っ直ぐにみつめた。

 

 

「私は今日、出征いたします。

 

あなたに会えてよかった」

 

 

 清々しい笑みをみせる宝治に美世も静かに微笑んでみせた。

 

 

「……おめでとうございます。

 

お国のため、ご立派にいってらっしゃいませ……」

 

 

 言葉を振り絞るように言い、美世は歯をギリッと噛みしめた。

 

 鮮やかな色はいとも簡単に元の、いや、それ以上のどす黒さに変わってゆく。

 

 

「どうかお達者でいらしてください。

 

ーー美世さん」

 

 

 顔を上げた美世の頬に涙がすべり落ちる。

 

 

「次の世があるのなら……。

 

次の美しい世界でそのときは、あなたと思い切り笑い合いながらお会いしたいと思います」

 

 

 宝治は一礼し、真っ直ぐな瞳を美世に残して背を向け、そのまま振り返ることなく駅の方へ向かった。

 

 しばらくその場に立ち尽くしていた美世であったが、ハッと我に帰り駅へ走った。

 

 走りながら涙が頬を伝い、息をすると胸が痛んだ。

 

 鬱屈としたこの世界にあって、たった一つ美世の心にあたたかな灯をともしてくれた人。

 

 毎日見ていたあの優しい笑顔をもう一度この目に焼き付けておきたかった。

 

 駅は出征する者を盛大に送り出す人々や、田舎に疎開に行く者たちでごった返していた。

 

 あちこちから軍歌が聞こえ、万歳の声が轟く中、美世は宝治の姿を探した。

 

 一際大きな万歳が聞こえる方を振り返ると、そこには唇を真一文字に結び直立不動で立つ宝治の姿があった。

 

 千人針を肩から掛けた宝治は見送りに来た人々に二言三言声をかけ、停車する汽車に乗り込もうとするところであった。

 

 

ーー宝治さん!!

 

 

 美世の声にならない声が届いたのか乗り込む寸前に宝治が振り向き、一瞬目を見開いたがすぐにあの優しい笑みを美世に向けた。

 

 

ーーミ・ヨ・サ・ン……。

 

 

 ゆっくり動く宝治の唇はたしかに美世の名前を呼んでいた。

 

 美世は頷き、そして精一杯の笑顔を宝治に送った。

 

 ビィーーッと笛がなり、汽車はゆっくりと走り出す。

 

 窓から身を乗り出した宝治の姿が次第に小さくなってゆくのを、美世は唇を噛みしめながらいつまでも見送っていた。

 

 

   その夜は静かに訪れた。

 その日祖父の家から戻った美世は湧き上がる宝治への想いに揺れながらも、いつも通り弟妹たちの世話や母の手伝いに忙しかった。

 

 しかしその忙しさの隙間を縫うように、今度から祖父の家に向かうあの橋で、もう宝治の姿を見ることはないのだという心にぽっかりと穴が空いたような空虚な思いが込み上げてくるのを必死に堪えるしかなかった。

 

 

 日が暮れて夕飯の後片付けもあらかた済んだ頃、やけに今日は風が吹くねぇと母が呟き、そんなときはもう寝るに限ると父が電気を落とした。

 

 このところ空襲が多く、寝るときも寝巻きでなく服を身につけ、防災ずきんを枕元に置いて寝ていた。

 

 美世にはぐっすりと眠った記憶がなく、北風が吹き荒ぶ今夜のような夜は余計に目が冴えてしまう。

 

 家族が寝静まり、美世は布団の中でようやく宝治のことを考えることができた。

 

 今頃宝治はどこにいるのだろう。

 

 どこかの戦地へ送られるのだろうか。

 

 それとももう出発しただろうか。

 

 生まれて初めて知った想いに美世は戸惑いながら目を閉じると、宝治のやわらかな笑顔が眼裏に浮かび、ほんの束の間優しい眠りにつくことができた。

 

 どれくらい眠ったのだろう、そのときは突然訪れた。

 

 空襲警報の音が闇夜を切り裂かんばかりに鳴り響いた。

 

 美世は慌てて起き上がり、弟妹たちにずきんを被らせると防空壕に向かうために家を出た。

 

 

「あぁ……」

 

 

 西の空が燃えるように赤く染まって、その紅蓮の空の隙間からB29が次々と現れた。

 

 今までとは違う。

 

 美世は足をすくませてその場に立ち尽くした。

 

 父が早く豪に入れと叫び、祖父を連れてくると家を飛び出して行くのを、美世はぼんやりと見送った。

 

 防空壕に入っても空襲がやむことはない。

 

 身を寄せ合うようにしているとビュッ、ビュッ、バシン!と鈍く激しい音が強くなってきた。

 

 おそるおそる美世が見上げると、そこには今朝見たような鮮やかな空が広がっていた。

 

 そしてその空からまるで風船が風に乗るように、ふうわり、ふうわりと何かが降ってくる。

 

 耳をつんざくような音と衝撃が美世たちのいる防空壕に近づいた。

 

 

ーー焼夷弾……!

 

 

 美世がそう思ったとき、凄まじい爆音と煙が辺り一面に広がった。

 

 ここにいては危ない、そう思い防空壕へ戻るとそこはもう地獄と化していた。

 

 先ほどまで身を寄せ合っていたはずの母と弟妹たちの姿が見当たらない。

 

 声の限り母と弟妹たちの名前を叫んだが、次々に落とされる焼夷弾の衝撃と煙、そして紅蓮の炎が美世に襲いかかる。

 

 逃げ惑う人の波に逆らうように祖父の家へと急ぐ美世の前に、怒れる龍の如く舞い上がる炎が道を塞いだ。

 

 

「あぁ……」

 

 

 降り注がれる焼夷弾の雨はいつか見た花火のように明るく、しかしその眩しさは確実に人々の命をもぎ取ってゆく。

 

 炎に追われるようにたどり着いたのは、宝治と出会ったあの橋であった。

 

 下を除き込むと川面が見えないほど、人で埋めつくされているのが見えた。

 

 美世はどこか麻痺したように階段をふらふらと降りて行った。

 

 煌めく水面、そよ吹く風に当たりながら宝治と並んで座りたかった。

 

 隣で笑い合えたらどんなにか幸せだろう。

 

 焼夷弾の絶え間ない爆音と立ち込める黒煙の中、美世の意識が次第に薄れてゆく。

 

 

『美世さん……』

 

 

 穏やかな笑みを浮かべた宝治が目の前で手を差し伸べる。

 

 

「宝治さん……」

 

 

『次の美しい世ではそのときは、あなたと笑い合いながらお会いしたいと思います』

 

 

ーー次の世は美しい世界になっているかしら……。

 

 

ーーそうしたら、宝治さんに、会える、かしら……。

 

 

ーー次の、世、こそ、笑い合って……。

 

 

 閉じられた美世の瞳はもう何も映さず、その耳には何一つ届かなかった。

 

 人々の阿鼻叫喚の叫びも、全てを焼き払われた下町の街並みも。

 

 しかし美世の顔は穏やかであり、閉じた眼裏にはきっと宝治の優しい笑顔が焼き付けられていたに違いない。

 

 紅蓮に燃え盛る炎でさえ、最期まで美世から全てをもぎ取ることはできなかった。

 

 

 

ーー次の美しい世で、もう一度あなたと始めたい……。

 

 

 

 その想いが美世を安らかな眠りへと導いていくのであった。

 

 

 

 

 

                 完

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)