まーたる日記

米津さんLOVE❤️のブログ初心者です(^з^)-☆見た目問題当事者の視点から「見た目問題」について綴るとともに、まったり日常で思うことを書いていきます(*´꒳`*)よろしくお願いします(*´∀`)♪

まーたる、ショートストーリーを書いてみた㉛

まーたる、ショートストーリーを書いてみた第31弾❗️ヽ(*´∀`)

 

今回は時代小説です(*´∀`*)

 

お楽しみいただけたら幸いです(●´ω`●)✨💕

 

 

 

       『望月ノ姫君』

 

 

1  紅蓮の炎

 

「なんとまあ、これは……」

 

 祈祷が済み帰り支度をしている僧都は、御簾の中からひょっこり現れた童女を見るや目を見開き、思わず感嘆の吐息を洩らした。

 

「姫、なりませんよ。

こちらへお入りなさい」

 

 穆子は扇で顔を隠しながらその小さな姫君に声をかけた。

 綺麗に切り揃えられた艶やかな黒髪を背中で揺らしながら、姫君はにこにこと僧都に笑顔を向けている。

 おそらくこの姫君は左大臣源雅信卿の正室である穆子の娘なのだろう、静かに嗜めながらも穆子の声には姫君への愛情が溢れていた。

 

「御方様、畏れ多いことですが、この姫君様には類い稀なる強い御運が備わっておられますぞ」

 

「倫子に?」

 

 僧都の言葉に驚いた穆子がヒュッと息を呑む気配が御簾の中から伝わってきた。

 

「不思議でございますなぁ。

姫君様から大きな御運、それもとてつもなく大きい……。

さながら一つの時代を生み出すような、強い御運が姫君様の御顔から放たれているのでございます」

 

 僧都の言葉を知ってか知らずか、倫子という姫君はふふふっと笑いながら、僧都の脇をするりと抜けて御簾の中へと消えた。

 

「それはまことでございますか?

姫が時代をも生み出すほどの類い稀なる強運を兼ね備えていると?」

 

「拙僧、あれほど輝きに満ちた御顔相をこれまで見たことがございませぬ。

姫君様の御顔相はまさに『望月の相』と言うものでありましょう」

 

「『望月の相』?」

 

「さよう、望月とは即ち満月。

すべてに満ち足りている、この上ない吉相にございます」

 

 頬を紅潮させながら退出していく僧都の後ろ姿を御簾の隙間からみつめていた穆子は、笑みを浮かべながらパチンと扇を鳴らした。

 

「御方様」

 

 几帳の影で姫君と草子を読んでいた女房が穆子の傍へにじり寄った。

 

「萩野、そなた今の僧都のお言葉をどうみます?」

 

「『望月の相』、まさに姫様の御為にあるような相にございます。

疑う余地などございません」

 

 少し太り肉の女房萩野は倫子の乳人であり、倫子への愛情は生母の穆子にも劣らぬほどであった。

 どんな高貴な姫君でも、たとえ帝の姫宮でも倫子の美しさには敵うまいと思っており、先ほどの僧都の言葉もさもありなんと当然のように聞いていた萩野である。

 

「姫」

 

 穆子は静かに草子をめくっていた倫子の艶やかな黒髪をそっと撫でた。

 ずいぶんと髪が伸び、濡れたような黒髪が色白の肌に驚くほど映えている。

 ほっそりとしているが日増しに女性らしいやわらかな身体つきになってきており、もう女のしるしを見るのも近いだろうと思った。

 夫の雅信は倫子を溺愛しており、年頃に近づく倫子の裳着を盛大に行いたいと考えているようだった。

 裳着を終えると倫子も婿君を迎えることになる。

 雅信の元にはすでに倫子への求婚の文が数多届いていると聞く。

 倫子には最高の相手を娶せたい。

 父親らしい愛情を隠そうとせず、何やら画策している様子も見受けられていた。

 大人しく草子を読むのに飽きたのか、再びパタパタと小走りにどこかへ向かう姫のあとを萩野が慌てて追いかけた。

 

「姫様、お待ちくださいませ!

どちらへおいであそばされるのですか?

いつもあちこちへおいでになられるのですから!

姫様!」

 

 慌てて後を追う萩野を見て、面白そうに笑いながら軽快に走っていく倫子の笑顔をみつめて穆子は思う。

 

ーー『望月の相』。

一つの時代を生み出すような類い稀なる強運……。

私の姫が……。

 

 穆子は再び扇で顔を覆い、何やら思案に耽て思いを巡らせていくのだった。

 

 それから一年後、裳着を迎えることになった倫子を中心に、左大臣家はその準備に追われる日々を送っていた。

 準備は抜かりなく進んでいるが、肝心の婿君が未だはっきりと決まっていない。

 左大臣源雅信鍾愛の姫君を手に入れる者はいったい誰になるのか、宮中ではその噂で持ちきりであった。

 日頃から姫には最高の相手を娶せたいと事あるごとに言っていた父雅信は、当初倫子を花山帝に入内させようと画策していた。

 帝の後宮に上がり御寵愛を受けるようになれば、帝の御子を産みまいらせることも夢ではない。

 そしてこの国に帝よりも高貴なお相手はおらず、最高の相手を娶せたいという雅信の想いも叶う。

 しかし雅信の想いは帝の突然の退位であえなく打ち砕かれることになった。

 退位した花山帝に代わり皇位についたのは歳若い一条帝であり、新帝は倫子よりも十六も歳下であった。

 さすがに歳が離れすぎていることから、雅信は娘の入内を諦めたらしい。

 では一体誰を姫の相手に娶せればよいのかと、毎日のように送られてくる求婚の文を前に頭を悩ます雅信なのであった。

 最高の婿をと選びあぐねているうちに月日は流れていき、倫子もすっかり美しく生い育っていた。

 いつまでも煮え切らずにいる夫の様子を見かねてか、ある日穆子は雅信に一枚の文を手渡した。

 

「殿、こちらをご覧あそばしませ」

 

 雅信は怪訝そうに穆子から文を受け取った。

 その薄様を広げると爽やかな香りが漂い、見ると流れるような筆跡で倫子への求婚の文言が書かれてあった。

 しかし最後に書かれた差出人の名前を目にすると、雅信は途端に眉をひそめた。

 

 藤原道長

 

ーーあのいけすかない藤原兼家の息子か。

 

 雅信は忌々しげにその堂々とした道長の筆跡に目を落とした。

 孫である懐仁親王が一条帝として即位すると、新帝の祖父君として廟堂に力を持ち始めてきた兼家を、雅信は日頃から食えない男だと思っていた。

 宇多帝の孫であり皇族の血を引く自分に表面上では恭しく接している兼家だが、廟堂の乱れに目を光らせている自分を疎ましく思っていることは知っている。

 隙あらば雅信を失脚させようとその時を伺っている兼家なのだ。

 

「あのいけすかない兼家卿の息子か」

 

「見目麗しく、文武両道に秀でている雅な公達と伺っておりますわ」

 

「兼家卿は帝の祖父君としてこれからさらに廟堂に重きを成していかれ、その子息とあらば申し分もないことではあるが道長は兼家卿の五男、姫にはもっと相応しい相手があろう」

 

 雅信はそう言うと手にした薄様はらりと落とし、次なる文に伸ばそうとしたその手を穆子はそっと押さえた。

 

道長殿は必ずや大成なされます」

 

 静かに、しかし凛として言い放った穆子の声はひどく自信に満ちていて、雅信は思わずぎょっとして妻の顔をみつめた。

 微笑みに見え隠れするその根拠のない自信の正体は何なのか、雅信には見当もつかない。

 気圧されるように押し黙る雅信に穆子は畳みかけるように言葉を続けた。

 

「たしかに道長殿は兼家殿の五男、今は廟堂においても何の力もお持ちではありません。

けれどご兄弟の中でも一番肝の座った豪気な性質でありながら、どなたにも人当たりのよいご性格。

帝の母后詮子様からのご信頼もとりわけ厚いと聞いております」

 

 雅信は詮子の名前を聞いて一瞬たじろいだのを穆子は見逃さなかった。

 兼家の期待を一身に背負って円融帝に入内した詮子だが、その後宮では辛酸を舐めることが多かった。

 円融帝の寵愛は他の女御に注がれて、一条帝を産んでからも戻らない夫の愛を嘆き、生来負けず嫌いである詮子は嫋やかな笑みの下にどす黒い憎悪の炎を燃やし続けていたのである。

 親孝行の一条帝が誰よりも母后を大切にしていることを知らぬ者はおらず、帝が即位してからは多くの公卿たちが機嫌取りに詮子の元を訪れていた。

 その詮子に目をかけられている公達との婚姻は決して悪いことではなく、むしろ雅信にとっても喜ばしいことでは?と、穆子の優しげな目が物語っているように見えた。

 

「しかし道長はすでに源高明卿の姫君を娶っているではないか。

それに姫君は帝の母后という後ろ盾もある。

そんな妻がいる男の元へなど姫はやれぬ」

 

 語気荒く言い捨てる雅信にそれまで向けられていた穆子の笑みは一瞬にしてかき消された。

 

「殿は私たちの姫が他の姫君に劣るとでも仰るのですか?」

 

 醍醐帝の皇子として生まれ、かつては左大臣として廟堂の中央で権力を持っていた源高明の娘である明子は美女の噂高い姫君である。

 安和の変で父が失脚し幼くして死に別れてからは、その身を憂い憐れんだ詮子によって育てられたことは穆子も知っていた。

 年齢的には言えば近い二人であったが、だからこそ明子に降りかかった不幸を他人事とは思えず、明日は我が身と詮子は思ったのかもしれない。

 道長と明子の結婚も詮子の強い勧めによるものであった。

 帝の母后という強力な後ろ盾を持つ、薄幸な生い立ちの美しき姫君を道長はそれは大切にしているという。

 しかし穆子は倫子がその姫に負けるとは露ほどにも思っていなかった。

 明子だけではない、雅信の通う数多の女たちの腹に生まれたいずれの姫たちにも倫子が劣ると思うことはなく、そう思うことは穆子にとって屈辱の何物でもなかった。

 

ーー我が姫は誰よりも幸せにならねばならぬ。

 

 穆子の中で紅蓮の炎が静かに燃え始めた。

 

ーー姫は必ず他の妻たちの娘よりも素晴らしい殿御の元へ嫁がなければ……!

 姫が後ろ指を指されぬよう、笑いものにならぬよう……。

 誰にも負けてなるものか!

 

 倫子への深い愛情の陰に穆子のどす黒い思惑がちらちらと見え隠れしていることを、穆子自身気がついているのだろうか。

 裳着を迎えてから倫子の美しさは日毎に増し、おおらかで天真爛漫な性格は誰をも魅了する。

 いつも嫋やかな笑みを浮かべ周りを明るくする倫子を見ては、これがまさに『望月の相』を持つ稀なる姫君だと穆子は信じて疑わない。

 

「ご心配には及びませんわ」

 

 穆子は微笑みながら床に落ちた道長の薄様を再び雅信の手に握らせた。

 

道長殿は今はまだ鋭い爪を隠し翼をたたんでいる鷹。

じきにその翼をはためかせ、廟堂の高きに昇り詰めていかれることでしょう」

 

 なぜそう言い切れるのだと言いかけた雅信を遮るように穆子はさらに微笑んで言う。

 

「心配することは何もないのです。

だって私たちの姫は『望月の姫』なのですから」

 

 

「御方様、御方様……」

 

 年嵩の女房の囁くような声に穆子はハッとして目を開いた。

 几帳の中では倫子が嫋やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

ーーもうじき婿君がいらっしゃるというのに、姫よりも私の方が緊張しているような……。

 

 苦笑いを浮かべながら穆子は倫子の傍へにじり寄った。

 入念な支度と化粧を施した倫子はいつにも増して美しい。

 我が娘ながらつい見惚れてしまうほどで、穆子はあの時の僧都のようにほうっと感嘆の息を洩らした。

 渡殿がざわざわとざわつき始め、どうやら婿君がこの土御門邸に到着したらしい。

 

「姫」

 

 穆子は倫子へ向き直り、艶やかな黒髪を愛おしそうにそっと撫でる。

 

ーーあの幼かった姫が……。

 

 穆子の脳裏に幼い頃の倫子が走馬灯のように駆け巡った。

 

「幸せにおなり、誰よりも」

 

 穆子の言葉に倫子は静かに頭を垂れた。

 

 やがて道長が倫子の部屋へ入ったとの知らせが届き、穆子はホッとして脇息にもたれかかった。

 道長は必ず出世するだろう。

 女の勘というものだろうか、穆子にはそう思えてならない。

 人当たり良く呑気にしているように見えてもその実、道長は心に獰猛な光を宿しているのだと穆子は思う。

 周りに誰もいないことを確認して穆子は端近へ寄ると、月の光が青い筋を作って差し込んでいた。

 夜空にはもうあと少しで満月になる月が煌々と輝いている。

 

ーー姫は『望月の姫君』なのだから……。

 

 間もなく望月へと変わりさらに美しく輝いていく月を、穆子はいつまでも見上げているのだった。

 

 

 

 

 2  貴公子の思惑

 

 長かった……。

 藤原道長は入念に香を焚き染めた仕立てたばかりの直衣に袖を通してホッと息をついた。

 

ーーようやく、ようやくこの日を迎えることができた……。

 

 左大臣源雅信の姫君倫子に求婚した道長は雅信からなかなか許しを得られず、婚儀の日を迎えるまでに長い時間を費やした。

 甥にあたる懐仁親王が新帝として即位したことから、父兼家は帝の外祖父として廟堂の中央に一気に躍り出て権力をその手中に収めた。

 兼家には冷泉帝の女御で三条帝の生母超子、円融帝の女御で一条帝の生母詮子、道隆、道兼、道長、道綱と他にも数多の子女がいた。

 その中でも兼家は見目麗しく才気煥発な長男道隆に大きな期待を寄せており、それ以外の子どもたちにはあまり目をくれないのを道長は密かに不満に思っていた。

 父が存命中はまだいいが、長兄道隆が父の摂政の座を継ぐようになれば、自分はさらに権力から程遠いところに追いやられてしまうのではという不安が常に道長にまとわりついていた。

 

ーーそのようなことは御免被る。

 

 身支度を整えた道長が牛車に乗り込むと、ソレという声が上がり、ややあって車を軋ませながら緩やかに進み始めた。

 牛車は厳かな足取りで倫子姫の待つ土御門邸へと向かう。

 心地良い揺れが身体に伝わり道長はゆっくりと目を閉じた。

 

ーー望月の姫君、か。

 

 左大臣家の倫子姫はいつの頃からかそう呼ばれるようになっており、父雅信卿鍾愛の秘蔵の姫君だけにどれほどの美しさなのだろうと、倫子姫への求婚者は後を立たないほどであった。

 しかし道長はその噂を間に受けるほど間抜けではない。

 噂をというものはだいたいが話に尾鰭胸鰭がついて回るものだ。

 現に父に死に別れた薄幸の麗しき姫君と噂が高かった明子を妻に迎え初めてその顔を見たとき、噂とあまりにかけ離れた容貌だったのに道長は密かにがっかりしたものだった。

 深窓の姫君という点では間違いはなかったが、淑やかというよりもただ大人しいというだけで、道長の心を虜にするほどの魅力は明子には備わっていなかった。

 道長には逢瀬を重ねる女たちは数多いるが、妻という形で傍に侍る女は明子一人であり、風にも当てぬほど愛情をかけていた。

 安和の変で失脚した父を持つ明子を憐れんだ姉詮子がその後ろ盾であることが、道長に明子をこの上なく大切にさせているのだった。

 今回左大臣家の倫子姫との結婚を詮子に伝えたときも、

 

「まあ、それはおめでとう。

左大臣家と縁続きになることはそなたにとって追い風になるでしょう。

私にとってもとても喜ばしいことです」

 

 微笑みながら祝ってくれた詮子であるが、

 

「倫子姫を迎えても明子のことをどうぞ疎かにしませんように。

明子は私の憐れで愛しい姫、そなたを見込んで妻としたのですから」

 

 そう言って道長にしっかり釘を刺すこともぬかりない。

 たとえ容姿が十人並みであっても才気に乏しい質であっても、詮子に言われずとも道長は明子をぞんざいに扱うことは決してないと言い切れる。

 姉とはいえ帝の母后なのだ。

 母一人、子一人。

 歳若く親孝行の帝は母后をそれは大切にしており、それゆえ母后の帝への影響力は計り知れない。

 兄たちを差し置き自分が廟堂の中心に立つには、明子同様詮子の後ろ盾が道長には必要不可欠なのだ。

 だからこそ兄弟の誰よりも詮子に気を遣い親愛の情を寄せ、日頃のたゆまないその努力のせいなのか詮子からの信頼が厚い道長であった。

 

ーー使えるものは遠慮なく使わせてもらおう……。

 

 道長はフッと笑みをこぼした。

 左大臣家の倫子姫との結婚も自分にとってこの上ない利益になるからであって、倫子姫が噂通りの望月のような美しい姫であっても醜女であっても、道長にとってそんなものはどうでもいいことであった。

 

ーー女など皆同じ……。

 

 女は所詮自分が権力の中心にのし上がっていくための道具に過ぎないのだ。

 だからこそ道長は周りが驚くほどやわらかな物腰で女たちに接するのであり、道長が廟堂の貴公子として女たちから熱い羨望と愛欲の眼差しを向けられることは当然かもしれなかった。

 時折り身体の奥底から沸々と湧き上がってくる欲望を満たしたいのならば、女の耳元でほんの少し甘い言葉を囁いて抱き寄せれば道長の欲望はすぐに満たされていく。

 道長はそもそも女に何の期待も願望も持ってはいない。

 どんなに美しく貞淑な女であっても、裏に回れば嫉妬と妬みという欲にまみれた生き物だと思っている。

 完璧だと思っていた詮子でさえ、円融帝の寵愛を他の女たちと競い合っていた頃は訪れるたびに憔悴した表情を浮かべていた。

 

ーー女とはそうしたもの。

 

 だから道長は何も望まない。

 まるで壊れやすい人形を扱いでもするかのように、ただ優しく丁寧に接するだけだ。

 誰にも悟られないように、ごく自然に。

 やがて牛車は緩やかに左大臣家の門をくぐった。

 この先に『望月の姫君』が待っている。

 望月でも朔月でもかまわない。

 道長にとって大事なのは倫子姫の『左大臣源雅信の娘』という肩書きだけなのだ。

 左大臣家の侍従たちの恭しい出迎えを受け、道長は倫子姫の待つ部屋へと向かう。

 部屋が近づくにつれて甘い香の香りが漂い、道長の鼻腔を甘やかにくすぐった。

 

 この御簾の向こうに『望月の姫君』が待っている。

 せいぜい大切にしていこう。

 この姫を得て、私の人生はこれから大きく変わっていくのだ。

 道長はニヤリと笑みを浮かべた口元を扇で隠した。

 

ーー倫子姫は私にとって間違いなく幸運を運んでくれる姫君だ。

 

 道長は確信に満ちた思いを胸に抱き、香の甘やかな匂いに包まれながら待っているであろう望月の姫君を思い浮かべた。

 姫をかき抱き、さぁ、どうしようか。

 いつものように耳元で甘い睦言を囁こう。

 そしてどれほどあなたに恋い焦がれていたか、切々と愛の言葉を紡ごう。

 いつものように。

 道長は次第に高揚してくる心を弄びながら、御簾の向こうへするりと滑り込んでいった。

 

 

 

 

3  昇りゆく望月 

 

 渡殿が俄に騒がしくなり女房たちがそわそわと落ち着かなく立ち動くのを、倫子は口元に微笑みを湛えながらじっと眺めていた。

 傍に侍る母穆子は倫子よりも落ち着かず、乳人の萩野をはじめとする女房たちにあれこれ細かな指示を送っている。

 

「お母様、少し落ち着きあそばしませ」

 

 ゆったりとした倫子の口調に穆子は、

 

「これではどちらが花嫁なのかわかりませんね」

 

と苦笑いを浮かべた。

 親子のやりとりにそれまで張り詰めていた空気が少し解れ、穆子もホッと息をつく。

 倫子は微笑みを絶やさぬまま、母の心中に思いをめぐらせていた。

 父雅信には正室穆子をはじめ数多の女たちの存在があった。

 歌人としても名を馳せる中納言藤原朝忠の娘であり雅信の正室という誇りゆえか、穆子は夫の女性関係には鷹揚な態度を取っていた。

 そんな穆子に雅信も全般の信頼を置いており、今回の倫子の婿決めで相手が藤原道長という公達に決まったのも、穆子の意見を雅信が渋々ながらも尊重し受け入れたからであった。

 藤原道長という公達については倫子も噂を耳にしており、まさかその男が婿君に決まるとは予想もしなかった倫子である。

 爽やかな貴公子。

 恋の手練れ。

 摂政藤原兼家の息子であり新帝の生母詮子とは同母弟にあたり、母后からの信頼も厚いという。

 加えて誰に対しても人当たりの良い美男子であるから、宮中の女たちの憧れの的で倫子に侍る女房たちも密かに想いを寄せる者が数多いるらしかった。

 

道長様が姫様の婿君様だなんて、嬉しいような切ないような」

 

「姫様にはお幸せになっていただきたいと心から思うけれど、一度でいいから道長様と夜を共にしていただきたかったわ」

 

「あら、あなたが道長様のお相手なんて到底無理よ。

うちの姫様こそ道長様に相応しいお方ですわ」

 

 女房たちが声を潜めながら話しているのを倫子は幾度となく聞いている。

 爽やかな貴公子。

 恋の手練れ。

 融通がきかず真面目だと評判の父雅信でさえ女のこととなるとだらしなくなることが多く、それは母穆子を長いこと悩ませてきたのだろうと倫子は思っていた。

 穆子のやわらかな微笑の陰にある女たちへの嫉妬の炎は、おそらく倫子にしか見えていなかったのかもしれない。

 物分かりの良い誇り高き正室を演じれば演じるほど、穆子の微笑みが氷のような冷たさを放っているのを、周りの者たちはなぜわからないのだろうと倫子は不思議でならなかった。

 倫子の裳着や結婚に穆子が必要以上に力を注ぐのも母親としての愛情の他に、また違った想いが潜んでいることも倫子にはわかっている。

 正室所生の姫君の婿君は、誰よりも将来の見込みのある人物をと願ったに違いない。

 雅信の他の娘たちの中で誰よりも素晴らしい相手に娶せることで、雅信の女たちに改めて正室の存在を叩きつけ正室という自分の誇りを守ることができる。

 娘のためである以上に、きっと自分を守るためのこの結婚ではなかったかと倫子の心はちくりと痛んだ。

 仲睦まじい父母でさえ裏に回ればどろどろとした感情が入り乱れる関係であるのだから、男女の間柄とはそうしたものなのだと幼心に感じながら成長した倫子であった。

 

ーーきっと、道長様も……。

 

 摂関家の息子で地位もあり美形である道長を女たちが放っておくはずがない。

 結婚しても道長の周りには変わらず女たちの影があるだろう。

 それにすでに道長は妻を持っているというではないか。

 幼い頃から屋敷のあちこちを歩いていると、女房たちのあけすけな話を耳にすることがあった。

 それは専ら男女の恋の話であったが、その密やかな話から男女の逢瀬のことや恋がどのようなものかを知ることができた倫子である。

 草子に描かれてあるような夢のある恋物語など実際にはないのだと、半ば諦めに似た想いを抱くのは寂しいことであったが、おかげで必要以上に夢を抱いて傷つかなくてすむのにはありがたいことだと倫子は思った。

 

「姫」

 

 顔を上げるとそこには微笑んだ母の顔があった。

 母の細い指が髪をゆっくりと撫でてゆく。

 

「幸せにおなり、誰よりも」

 

ーーお母様……。

 

 娘を想い幸せを願う言葉とは裏腹に、見上げた母の微笑みはいつものような冷ややかさを湛えていた。

 周りにいる女房たちは皆一様に目頭を押さえており、たとえ穆子を見ていてもおそらく気がつくことはないだろう。

 もしかすると、母自身も気がついていないのかもしれない。

 倫子は早くその微笑みから逃れたくて慌てて頭を垂れた。

 

ーー私もお母様のような微笑みを浮かべて生きていくのだろうか……。

 

 生気のない微笑みの下に密やかに、嫉妬と妬みに満ちた紅蓮の炎を燃やしながら。

 

 

 瑞々しい青葉のような爽やかな香がふわりと鼻先に遊んだ刹那、倫子の身体はその腕にすっぽりと包み込まれた。

 すでに人払いされている部屋には道長と倫子の二人だけだ。

 倫子は異性と二人きりなど生まれて初めてのことであるが、道長のもの慣れた振る舞いに恥じらい心踊らせることはなかった。

 道長が耳元であなたにずっと恋い焦がれていましたとか、あなたただ一人を愛し大切にしますなどと囁いているが、愛の言葉をかけられればかけられるほど倫子の心は冷静になっていく。

 そのまま身じろぎ一つせず黙っている倫子に、さすがの道長も怪訝そうな面持ちである。

 たまりかねて倫子の顎を自分の方に向けた道長はの、ハッと息を飲んだ顔を倫子は忘れることはないだろう。

 

「姫……」

 

 倫子をみつめる道長の瞳は大きく見開かれ、次第に頬が紅潮するのがほのかな灯火の下でもはっきりとわかった。

 まさか、といったような表情の道長に、倫子はようやくやわらかな笑みを浮かべた。

 

道長様はなぜ私に求婚されたのですか?」

 

 腕の中で身体を道長の方に向けながら言う倫子の言葉に、道長はさらに驚いたようであった。

 

「それは、私が『望月の姫君』に毎夜恋い焦がれていたからではありませんか」

 

「それだけなのでございますか?」

 

「他に何かあると思うのですか?」

 

少しむっとしたように道長が視線を逸らすと、倫子は嫋やかな笑みを浮かべながら小声で謝った。

 道長は目の前の倫子が想像していた倫子姫像とかなりかけ離れていることに驚きを隠せないでいるようだった。

 明子同様に周りの意見に従順で口数も少なく、才気に欠けた人形のような姫君だと思っていたのだ。

 しかし目の前にいる倫子はどうみてもそんな人形ではなかった。

 寧ろ人よりも才気と愛嬌に溢れる、瑞々しい感性の持ち主だと道長は感じていた。

 そしてその美しさといったら……。

 『望月の姫君』の噂以上の輝きを放ち、色白で濡れたように艶やかな黒髪、涼やかな目元と小さくまとまった鼻や口のなんと愛らしいこと。

 

ーーこれは……。

 

 道長は思いがけない倫子の美貌に驚きとともに胸を高鳴らせ、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 そんな道長の様子を見た倫子の心の中は、無であった。

 道長がときめきを感じれば感じるほど、倫子の心には冷たい風が吹き荒ぶ。

 道長が自分を欲したのは『左大臣家の婿』という肩書きが欲しいからにすぎず、自分がどんな人間であろうとかまわないとはなから思っていたに違いない。

 現に初めて顔を合わせたときの道長の驚き様は、自分が思いの外美しい容貌をしていたためだと察した倫子であった。

 

「恋い焦がれていたあなたとこうして結ばれることができた私の嬉しさをわかってください」

 

 俯いたままの倫子に焦れたように、道長は倫子の身体を強く抱きしめた。

 道長の胸の中ですうっと息を吸うと、青葉の匂いが倫子を包み込んだ。

 

「私はあなたを誰よりも愛し、必ず幸せにしよう」

 

 道長の囁きが倫子の耳元に響く。

 

「あなたは私にとってかけがえのない、大切な女人だ。

私が必ず幸せにすると誓おう」

 

 力のこもった言葉とともに道長の熱い吐息が次第に倫子を包み込んでいく。

 

ーー男は皆同じ……。

 

 そのとき一瞬、穆子の張り付いたようなあの微笑みが浮かんできて、倫子は思わずギュッと目を閉じた。

 もの慣れた手つきでゆっくりと衣に手をかけている道長を倫子はそっと盗み見る。

 

「あなたを誰よりも愛している……」

 

 途切れることなく続く道長の愛の言葉とともに、倫子の目の前に未知の世界が広がろうとしていた。

 ほんの少しの恐れに紛れて、道長へ冷静な想いを抱く自分を倫子は恨めしく思った。

 道長の言葉を心から信じられたらどんなにいいだろう。

 いつかの女房のように心の底から道長を求め、妻になる喜びに浸れたらどんなにいいか。

 腕の中で恥ずかしそうに身悶える女がそんなことを心の中で考えているとは、たとえ恋の手練れである道長であっても思いもよらないだろうと倫子は思い、押し寄せてくる初めての疼きに我を忘れていくのだった。

 

「あぁ、なんて可愛いひとだ……。

なんて美しい……」

 

 結婚の儀式から三日目の夜。

 倫子の顔をまじまじとみつめる道長の瞳は仄かな灯火の下で熱く燃えていた。

 閨の中は甘やかな睦言でむせかえるように甘く香り、倫子は道長によって開花された女の悦びに小さく喘いでいた。

 道長左大臣家の婿となった安堵感と思いがけなく美しい姫を妻に迎えられた喜びが心に満ち溢れ、再び燃えるような倫子の熱い肌に手を滑らせる。

 道長の甘い睦言も熱く迸る情熱も、肌を合わせるたびに嘘がないと感じるようになった倫子は、穆子の氷のように冷ややかな微笑みを思い出していた。

 優しい笑みの下に女たちへの嫉妬、妬みを潜ませ、正室としての誇りと子どもたちの成長を拠り所にしていた母。

 道長には明子という妻がいて、さらに数多の女たちの影がすでに蠢いて見える。

 しかし倫子は不思議と嫉妬を感じなかった。

 穆子のような張り付いた笑顔にはなりたくはない。

 どんなときもそのときの感情に素直でありたいと思った。

 嫉妬を表に出すことは恥ずべきことだと言うが、人形ではない、生身の人間なのだ。

 弾んだ息がようやく鎮まると、倫子の視線の先に月の光が青い筋を作っているのが見えた。

 

「月の光が……」

 

 単にさらりと羽織り倫子がそっと引き戸を開けると、月の光が床一面を青く濡らした。

 

「今宵は望月かーー」

 

 見上げた夜空には満月が煌々と輝き、優しい光を地上に放っていた。

 

「なんて美しい月なのでしょう。

どこも欠けていない、綺麗な満月……」

 

 月光に照らされた倫子の横顔は凛として美しく、倫子はまさに望月の姫君であると道長は改めて心を震わせた。

 

「あなたはこの月のように私の心を照らしてくれる、まさにあなたは『望月の姫』に違いない」

 

「まあ、またそのお話?」

 

 恥ずかしそうに俯く倫子の肩を道長はそっと抱いた。

 

「この望月のような輝きであなたの心をいつも満たしていよう。

あなたが少しの不安を感じることのないように、あなたをずっと愛し続けていよう」

 

氷の微笑み……」

 

「氷?」

 

「殿、私には氷の微笑みは必要ございませんわ」

 

 唐突な倫子の言葉に道長は少し怪訝そうに倫子の顔をみつめた。

 

「もしこの先あなたが氷のような微笑みをしていたら、私があなたの望月となりその氷を溶かしてあげる」

 

 道長は笑いながら倫子の顔を覗き込んだ。

 

「あなたの人生を、私がこの月のように輝かせてあげる」

 

 道長の吐息が再び倫子を捉え始めると、夜空に昇りゆく満月の光の眩さがさらに強まったような気がした。

 道長の言葉は真実であり、また嘘でもある。

 倫子はありのままの道長をみつめていこうと思った。

 ありのままの道長の心を、この月のように照らしていく。

 その先にはきっと輝かしい未来があるに違いないのだと思いながら、道長の腕の中で再び瞳を閉じるのだった。

 

『この世をば わが世とぞ思ふ望月の 

欠けたることもなしと思へば』

 

 権力、地位、名誉すべてを手に入れた道長が詠める歌。

 伝え聞いた倫子はほんの少し微笑んだという。

 そのとき脳裏にあの始まりの夜、空に輝いていた満月が浮かんだかどうかは二人にしかわからないことである。

 

 

                    完

 

 

読んでいただきありがとうございます(*´∀`*)❤️

 

今回は時代小説を書いてみました。

 

まーたる、時代歴史小説が大好きで、初めて書いた歴史小説奈良時代の吉備内親王持統天皇の孫・長屋王妃)でした。

 

今は光明皇后の小説を少しずつ書き進めています。

 

ブログに書きたい小説はいくつもあって、グレイス&董哉の物語の続き、七音・花音・凛音のトリオが織りなす物語も続きを書きたいし💦

 

頭の中にはたくさんストーリーが湧き上がっているけれど、いかんせん乏しい物語の構成力、さらに遅筆(T_T)

 

そんな中、ふと藤原道長のあの有名な詠がポンと浮かんできて書いてみた次第です。

 

平安時代は雅だけれど、権力闘争が半端ない時代。

 

一族内での権力争いはめちゃくちゃドロドロしてますね( ̄◇ ̄;)

 

そしてオープンな恋愛が自由な時代っていうイメージがします(*≧∀≦*)

 

奈良時代とともに平安時代の雅さにも惹かれるまーたるです✨💕

 

やっぱり日本の歴史は深くて面白いです❗️

 

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます

(*´꒳`*)