まーたる、ショートストーリーを書いてみた第26弾ヽ(*´∀`)
お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)
「オリオンのなみだ」
プロローグ2 彷徨いのアルニラム
ーーああ、またこの道……。
夢の中の花音はいつも色とりどりの花で覆われた道の上に立っている。
あまりにも同じ夢をみるので、いつからか夢の中にいてもこれは夢なのだと醒めた目でみることができるようになっていた。
美しい花で溢れるその道の終わりは見えず、どこまでも果てなく続いているようだった。
周りを見回しても誰もいず、華やかな美しい場所ではあるけれど、ここはなんて寂しいのだろうと花音は泣きたくなった。
このまま突っ立っていても何も始まらない。
とりあえず歩いてゆこうと一歩踏み出そうとして、花音は一瞬躊躇した。
ーーたぶん、また……。
躊躇いがちにおそるおそる足を踏み出すと、足裏に鋭い衝撃が走って花音は思い切り顔を顰めた。
「痛ッ……!」
さっきまでたしかに靴を履いていたはずなのに、見ると花音の裸足から一筋の鮮血が滴り落ちた。
やわらかな花の絨毯のように思えるその道をよく見ると、花々の下に先の尖った小さな石がびっしりと敷き詰められている。
歩くたびに稲妻のように足裏に走る痛みに顔を歪めながら、それでも花音は先を進んでゆかなければならない。
進んで行かなければならない?
なぜ?
花音は目的地も、なぜこの訳のわからないような道を進んでいるのか自分でもわからないまま、傷だらけの足を引き摺るように先へ先へと進んで行く。
ジリリリリリリリリ、ジリリリリリリリリ……!
その美しくも恐ろしい夢の世界を破るけたたましい目覚まし時計のベルに、花音はハッと目を見開いた。
カーテンから差し込む朝の光が矢のようにベッドの上の花音を貫いている。
光の眩しさに思わず顔を顰めて、花音は怠さの残る身体でゆっくりと起きあがった。
ーーまたあの夢……。
どこかまだ夢の中にいるかのようにぼんやりとした頭を振りながら、ベッドサイドのミニテーブルに置いたままにしてあったペットボトルのミネラルウォーターを一気に飲み干す。
そのときドアをノックする音がしてゆっくりとドアが開くと、香ばしいコーヒーの香りがふわっと辺りに漂った。
「花音、起きた?」
やわらかな低音ボイスは爽やかな朝になんて心地良く耳に届くのだろうと、花音はホッとした気持ちで声の主を見上げた。
「りぃおじさん」
ゆるくパーマのかかってある長めの髪を無造作に束ね、少し捲り上げた白いシャツが眩しい叔父の姿に、花音は縋り付くようにしがみついた。
「どうした?花音?」
笑みを含んだ静かな声が花音の耳に優しく届く。
「昨日帰国したばかりだもんな。
疲れて怖い夢でも見たか?」
母の弟にあたる理人の家に着いたのは昨夜遅くのことで、長時間のフライトを終えた花音を空港まで出迎えに来てくれた理人とは1年ぶりの再会だった。
幼い頃から花音はこの優しい叔父が大好きだった。
静かな低い声もやわらかい笑顔も、そして何より自分を深く愛していることを感じることができたから。
「制服が届いたからラックに掛けてある。
あとで着てみるといい」
理人がカーテンを開けながら言い、ラックに掛かってある制服を朝陽が眩しく照らし出した。
来週から通う高校の制服。
だがじっとみつめる花音の顔に笑みはない。
花音は日本の高校に自分が通うとは思ってもみなかった。
物心つく前にはすでに家族とともにウィーンに住んでおり、兄の影響で始めたピアノの才能を開花させてすでに『カノン セト』の名前はウィーンの音楽学校や大学に知られ始めていた。
高校、そして大学進学も当然そのままウィーンでという周囲の思惑から逃げるように日本への帰国を決めた花音を、友人や学校の教師たちは口々に引き留めた。
「このままウィーンで大学まで進んでピアノを学んだほうがあなたのためだわ、カノン。
お兄さんもそのことを一番望んでいるはずよ」
「君がニホンに帰国するなんて考えられないよ。
お兄さんのことは気の毒なことだったけれど、もう一度思い直した方がいい、だって君はーー」
プロのピアニストとして世界に羽ばたく存在なんだ。
3歳から始めた花音のピアノの技術は歳を重ねるごとに研ぎ澄まされていき、やがては世界的ピアニストとして活躍するであろうとウィーンの名だたる音楽学校の講師たちも注目する逸材なのだ。
これからさらに成長できる時期だというのになぜ今帰国するのかと、皆花音の考えを理解できずに困惑していたのだった。
ーー誰もわからない、私の気持ちなんて。
花音は制服から目を離せないままぼんやりと思う。
ピアニストになることは私の夢。
……私の?
そう思った刹那、花音はあの嵐のような日々を思い出しぶるっと震えた。
ウィーンですでにプロのピアニストとして活躍し始めていた兄・奏多が25歳の若さで空へと旅立ったあの日から、自分の運命は変わってしまったのだと花音は思う。
寝食も覚束なくなるほど悲しみの底にいた両親は花音に目を向ける心の余裕などなく、心配した理人が急遽ウィーンまで来てくれてようやく花音も両親も落ち着きを取り戻したのだった。
花音は兄の死でそれまで感じていた違和感が何なのかをはっきりと知ることになる。
自分は兄を溺愛していた両親にとって、兄の付属品でしかなかったのだということーー。
兄がいなくなってもなお、両親の心の中にあるのは兄ただ一人、心の中のどこにも自分の存在を感じることができないのだった。
花音にピアノの才能を見出し幼い頃から細やかに教えてくれたのは誰でもない奏多であり、花音が奏でる音色に奏多を感じることができるのか、両親は花音のピアノを聴きたがった。
しかし両親が自分の音色でなく、『自分の音色の隅々まで潜む奏多』を感じたくて聴いていることがわかるだけに、弾けば弾くほど花音の心は凍るように冷たく荒んだものになっていった。
ーーこのままじゃ、私はピアノを嫌いになる……!
花音はピアノが好きだ。
奏多が奏でる音色が好きだ。
それ以上に自分だけにしか表せない音色が好きなのだ。
もっともっと心からの音色を奏でていきたい。
それにはここでは無理なのだと思った。
心から愛し尊敬する兄だけれどこのままここにいては、兄の面影ばかりを追い求める両親のそばにいては、自分は永遠にその呪縛から逃れることはできない。
花音は理人に相談し、理人の住む街にある音楽科のある高校への進学を決めた。
花音の帰国を納得しない両親だったが、理人の家から通い卒業後はウィーンに戻ることを条件に渋々承諾した今回の帰国なのだった。
「オムレツ作ったから階下に降りておいで。
一緒に食べよう」
ドアが開くと階下の喫茶店から漂ってくる香ばしいコーヒーの香りが、花音の部屋をふんわりと包んだ。
喫茶店を営む理人が作る料理はシンプルなものが多いがどれもおいしく、奥まった場所にあるにもかかわらずそこそこの常連客もいるようだった。
花音は立ち上がり制服を手に取った。
真新しいブレザーのパリッとした感触が指先から伝わってきて、これからどうなってゆくのだろうと先が見えない不安が込み上げてきた。
兄のようにプロのピアニストとして世界に羽ばたきたい。
兄の面影深い音色を超えた自分だけの、『瀬戸花音』だけの音色を奏でられるようになりたい。
『花音、大丈夫、大丈夫だよ』
上手く弾けずに泣く花音をいつも慰めてくれた、奏多の優しい声が蘇る。
未来はどこへ向かうのかまだわからない。
でも。
ーーここから始めよう。
私はここから、きっと始められる。
制服をラックに掛け直して花音は大きく背伸びすると、香ばしい匂いに包まれた階段を軽やかに降りて行った。
三つ星が出会うまで、あと8日。
プロローグ2 完
書き上げたあとの爽快感はこの空のようです(●´ω`●)✨
物語が少しずつ息づいてくる、その感覚がとても好きです(*´∀`*)✨💕
最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)