まーたる日記

米津さんLOVE❤️のブログ初心者です(^з^)-☆見た目問題当事者の視点から「見た目問題」について綴るとともに、まったり日常で思うことを書いていきます(*´꒳`*)よろしくお願いします(*´∀`)♪

まーたる、ショートストーリーを書いてみた㉒

まーたる、ショートストーリーを書いてみた第22弾ヽ(*´∀`)

 

お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)

 

 

 

                 『蒼きイシュタルの涙』

 

 

 

 夜の帳が下りた街は人々の笑いさざめく喜びの声に満ちていた。

 

 その賑やかな喧騒はこれからが本番だとでもいうような高揚感で溢れているのを、ステージを終えて楽団員たちと酒場に来ていたグレイスはぼんやりと眺めていた。

 

 長の話によると国王の正妃に待望の第一子が誕生したらしい。

 

 聡明だと評判の王が君臨するこの国は小さいながらどこへ行っても美しく整備されていて、国民たちの表情から皆が幸せな暮らしを日々営んでいるのだと感じることができた。

 

 ヴァイオリンの弾むような音色に合わせて酒場にいた者たちが歌い踊り、口々に王家に誕生した新しい命を寿いだ。

 

 

「旅のお方も喜んでくれ!」

 

 

 かなりの酒が回っている男が赤ら顔をさらに紅潮させながらグレイスたちのテーブルに近づいてきた。

 

 

「皆が待ち望んでいた御子がお生まれになったんだ!」

 

 

 男の声に呼応する様に周りから歓喜の声が上がった。

 

 

「王様とお妃様がようやくその御手に御子を抱かれたんだ。

 

こんなに嬉しいことはないよ!」

 

 

「そうだ、なんといってもお世継ぎのご誕生なのだからな!

 

これでこの国は安泰だ!」

 

 

 再び賑やかな音楽が流れて人々が歌い踊り始めたとき、テーブルの上のグラスが床に落ちて割れる音が辺りに響いた。

 

 

「やめろ、アンナ!」

 

 

 男たちの叫び声にグレイスが振り返ると、奥の方から白いドレスを翻しながら怒りを露わにする女のけたたましい声が飛んできた。

 

 

「なんだ、喧嘩か?」

 

 

 顔を真っ赤にさせて言う長にサリヤが顔をしかめた。

 

 

「あんまり飲みすぎるんじゃないよ。

 

明日の午後にはもうこの国を出るんだからね」

 

 

 

 酒には弱いくせに飲みたがるんだからとため息をつきながら、サリヤは若手の楽団員に長の介抱を言いつけてグレイスのテーブルについた。

 

 

「長は大丈夫?」

 

 

「ジョナサンに任せてきた。

 

今夜のステージの報酬が思いの外弾んだから、長も心置きなくみんなを飲み食いさせてやれる安堵感があるんだろうね」

 

 

「お酒には弱いのに飲みたがるのが長らしいわね」

 

 

 グレイスはクスリと笑いながら果実酒を口にした。

 

 甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐり、熱いステージを終えた充実感と解放感に満たされたグレイスはホッと息をついた。

 

 

「やめろ、アンナ!」

 

 

「あたしに指図しないで!」

 

 

 奥のテーブルでは男女の言い争う声が響き、それまで歓喜の色に染まっていた酒場がざわつき始めた。

 

 

「誰だ、まったく!

 

せっかくの祝賀ムードが台無しじゃないか」

 

 

「アンナだよ、アンナ」

 

 

「アンナか、娼婦じゃこの素晴らしい慶事の意味もわからないだろうな」

 

 

 女は嘲るように笑う者たちのテーブルの前にズカズカと近づくと、笑みを浮かべながらバン!とテーブルに足を乗せた。

 

 

「身体を売ることが商売の頭が悪いあたしには、このドンチャン騒ぎの意味がちっともわからないねぇ。

 

王様とお妃様に子が生まれたからといって何が変わるっていうんだい?

 

あたしらの暮らしが楽になるわけじゃない、その日一日をなんとか凌いで命を繋いでゆくのがやっとなんだ。

 

王様はあたしらみたいな者たちには目もくれちゃいないじゃないか。

 

 そんな王様やお妃様を慕うあんたたちの気持ちが、あたしにはまったく理解できないね!」

 

 

「娼婦ふぜいが何言ってるんだ。

 

国にとってお荷物にしかならんあばずれのくせに」

 

 

 女の前に座っている男がグラスを傾けながらボソリと呟いたせつな、女はそのグラスを叩き落とし男の胸ぐらを掴んだかと思うと、片方の手で自分のドレスの前をグッとはだけた。

 

 白雪のように美しい肌が露わになり、ほおっという感嘆の息があちこちから漏れると、

 

 

「お荷物だって?

 

馬鹿にするんじゃないよ!

 

あたしはこの身体一つで生きてるんだ。

 

誰の世話にだってなっちゃいない、あたし一人で生き抜いてる。

 

あたしはこの身体が誇り、あたし自身が誇りなんだ!」

 

 

 きっぱりと言い切った女は凛として、その場にいた誰もが見惚れてしまうほど美しかった。

 

 しかしその一瞬の静寂を切り裂くように男が女の手を払い除け、

 

 

「国王陛下に御子が誕生されたことがどれだけの意味を持つのか、おまえにはわからないのか?

 

これでもう隣国に干渉されずにすむんだぞ?

 

それを喜んで何が悪いってんだ!」

 

 

「はん!

 

隣国の干渉だって?

 

馬鹿馬鹿しい!

 

そんなもんに怯えてる王様は腑抜けさ!」

 

 

 女の言葉に辺りはどよめいた。

 

 

「国民を必ず守り抜く!

 

その気概が王様にあると思うのかい?

 

他国の干渉に右往左往、そのたびに高い税を払え、国境の警備に行けと国民に皺寄せがきているじゃないか!

 

街の片隅にぼろを纏って彷徨う者がどれだけいるか、あんたらだって知っているはずだよ!

 

弱き者を守ってくれない国がどんなことになろうがあたしの知ったことじゃないね!

 

あたしはあたしのやり方で守るべき者をしっかり守って生きていくんだ。

 

自分さえ揺らがなければ、たとえ周りがどう変わろうが怖いことなんかありゃしない!」

 

 

「国王陛下になんということを!」

 

 

 顔を紅潮させた男は女の手首を掴み、殴りかからんばかりに振りかざしたその手を、グレイスは扇子でグイッと引き寄せた。

 

 

「うわッ!

 

な、なんだおまえはッ!」

 

 

 反動で体勢を崩し床に転がった男は、赤い顔をさらに真っ赤にさせてグレイスに詰め寄った。

 

 グレイスはゆったりと微笑みを浮かべて男をみつめる。

 

 グレイスの蠱惑的な瞳にみつめられると、誰もが痺れでもしたように心に甘美な気持ちが溢れてきて、威勢良く詰め寄った男も周りの者たちもその神秘的な美しさに圧倒されていた。

 

 

「酒場は楽しくお酒を飲むところ。

 

聞けば今宵は国をあげての慶びの夜とか。

 

そんな夜に諍いなど無粋なこと」

 

 

 グレイスの美貌を前にぼんやりと佇んでいた男がハッと我に返り、

 

 

 

「なんだおまえ、この辺りじゃ見かけない顔だな」 

 

 

「私は旅の踊り子、一昨日この国へ来たの」

 

 

「なんだ、踊り子か」

 

 

 男はフンと鼻をならし嘲笑うように口の端を歪めた。

 

 

「娼婦と変わらぬ底辺の者たちか。

 

よその国まで出向いてまで男の相手とはご苦労なことだな」

 

 

 男の言葉に周りの者たちがドッと笑うと、グレイスは微笑んだまま男に身を寄せた。

 

 グレイスの甘やかな匂いに包まれた男は頭の芯がクラクラと痺れ、間近で見るグレイスの美しさとそのやわらかな身体の感触にゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「う……。

 

なんだ、俺に相手をしてほしいのか?

 

踊り子なんぞ興味はないが、女からの誘いを断るほど俺も無粋な男じゃないからな……」

 

 

 バシッ!

 

 

 その途端鼻息が荒くなり始めた男のだらしない横っ面をグレイスの扇子が張り飛ばした。

 

 尻餅をつき呆然としている男にグレイスの氷のような鋭い視線が降りそそぐ。

 

 

 

「私は想いを込めて、命をかけてステージに臨んでいるの。

 

私は私の歌と踊りに誇りを持って生きているわ。

 

私の生き方を侮辱する者はどんな者であろうが許さない、たとえそれが国王陛下であられたとしてもね」

 

 

 

 凛として澄んだグレイスの声は力強く、そこにいた誰もが一言も声をあげることができないほど威厳に満ちたものであった。

 

 

 

「グレイス、もっと飲むか?

 

キャメロン卿が報酬を弾んでくださったからな、今夜は遠慮せず飲め!」

 

 

 

 機嫌良く笑う長の口から出たキャメロン卿という言葉に再びその場がざわめいた。

 

 

「キャメロン卿!」

 

 

「キャメロン卿だって⁉︎

 

国王陛下の叔父君ではないか!」

 

 

「どうして旅の踊り子たちがキャメロン卿を……」

 

 

 しがない旅の楽団が国王に次ぐ大貴族キャメロン卿となぜ繋がりがあるのかと、その場にいた全員が腑に落ちない顔つきでざわめきはじめた。

 

 

「我々はキャメロン卿のパーティーにご招待いただきこの国へきた。

 

我々の楽団は最近では近隣の国々から招待していただけるようになってね。

 

よその国からぜひにと請われてこうして世界を旅しているわけなんだが、世界は広い!

 

旅先の人間を見ればその国がどんな国なのか、ひいてはその国の君主の質もわかるのだからまったく面白いことだ」

 

 

 そう言って笑うサリヤを見て男はチッと舌打ちし足早に店を出てゆき、周りに集まっていた者たちもバツが悪そうにそそくさと各々のテーブルに戻っていった。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 

 駆け寄ったサリヤに肩をすくめてグレイスは笑いながら、

 

 

 

「せっかくおいしいお酒を飲んでいたっていうのにね」

 

 

 

 振り返ったテーブルでは長が酔い潰れて楽団員たちの介抱を受けている。

 

 

 

「明日には出発するし、そろそろ宿に戻るか」

 

 

 サリヤが言うのへグレイスも頷き、残っていた果実酒を飲もうと手を伸ばすと一瞬だけ早くグラスが宙に浮いた。

 

 驚いて顔を上げると、目の前には先ほどの女がさっきとは打って変わって穏やかな表情で佇んでいた。

 

 

「ねぇ、もしよかったらこのお酒の続きをごちそうさせてくれない?」

 

 

「お酒の続き?」

 

 

「あんたと飲みながら話をしたいんだ」

 

 

 チラッと横目でサリヤを見ると小さく首を横に振っている。

 

 

「大丈夫、あんたに危害なんて与えないよ。

 

約束する」

 

 

 女はサリヤに向かってそう言い、グレイスを振り返るとにっこりと微笑んだ。

 

 

「ありがとう。

 

ごちそうになるわ」

 

 

 サリヤはため息をつくとそう言うだろうと思ったと呟き、

 

 

「疑うわけではないが危険防止のためにも、公演先の国では楽団員は一人で行動しないようにしているんだ。

 

まぁ、グレイスに限っては時々そのルールを破るけれど、明日出発しなければならないし今回はうちの楽団員を一人付けさせてもらうよ」

 

 

「大丈夫、あんたたちの大事な歌姫を取って食おうなんてしやしないよ。

 

まぁ、心配する気持ちもわからないでもないから好きにするといいさ。

 

でも、男が護衛となると歌姫をしっかり守ることができるかねぇ」

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 眉をひそめるサリヤを女は面白そうに眺めた。

 

 

「うちはこの辺りでは名の知れた娼館だ。

 

うちの女たちはそれはもう美しい女ばかりだよ。

 

見目美しい女たちの誘いを断れる男がいるかねぇ」

 

 

 酔い潰れた長の介抱はそっちのけで、そう言って笑う豊満な女の色香に顔を紅潮させている楽団員たちを見たサリヤはさらに深いため息をつきながら、

 

 

「……私が行こう」

 

 

と呟いたのだった。

 

 

 

 大通りを一本脇に入ったところにその娼館はあった。

 

 路地裏とはいえ街灯が明るく娼館を照らし、男たちが絶えず出入りする中、女たちの嬌声が賑やかに響き渡っている。

 

 グレイスとサリヤを連れて女が姿を現すと、

 

 

「アンナ!」

 

 

「アンナ!どこ行ってたんだ?待ってたんたぞ!」

 

 

 あっという間に女の周りに男たちが群がるのを、娼館の中から飛び出してきた屈強な男が追い払った。

 

 

「悪いけど今日は相手はできないよ!」

 

 

 女が叫ぶと男たちは一斉にがっくりと肩を落とし、それでも諦めきれないのかブツブツと文句をこぼしている。

 

 

「なんだ、新入りを連れて来たのか?

 

なんとまぁ美しい女だ!」

 

 

 グレイスをみつけた男の声に周りの男たちがグレイスに群がろうと近づくと、

 

 

「やめな!

 

この人はあたしの大事な客人だ!

 

手出ししたらここには二度と足を踏み入れることはできないよ!

 

わかったら今夜はもう帰りな!」

 

 

 女の威勢に圧されて男たちが渋々娼館を立ち去ると、女は屈強な男に何やら耳打ちしてグレイスを自室に招き入れた。

 

 グレイスと二人だけで話がしたいというアンナの希望もあり、サリヤは一階にある娼婦たちのサロンで待つことになった。

 

 

「突然誘ったりして悪かったね」

 

 

 女はグレイスにソファーを勧め、テーブルに果実酒の瓶と小さなグラスを置いた。

 

 

「明日ここを出て行くんだろう?

 

その前になんかあんたとどうしても話したくなってさ。

 

あぁ、そうだ。

 

あたしはアンナ、よろしくね」

 

 

 にっこりと微笑み差し出されたアンナのかさついた手を、グレイスはそっと握りしめた。

 

 

「私はグレイス。

 

旅の踊り子よ」

 

 

 綺麗な名前だねとアンナは微笑み、果実酒を注いだグラスをグレイスに手渡した。

 

 

 

「ずいぶん歴史のありそうな素敵な建物ね」

 

 

 果実酒を飲みながらグレイスは室内をキョロキョロと見回した。

 

 小さな窓が一つの部屋にベッドと箪笥、丸いテーブルを挟んでソファーが二つ置いてある。

 

 窓に掛けられたカーテンは深緑色で、年季が入っているせいかすっかり色褪せていた。

 

 

 

「ここは歴史ある娼館でね、あたしはここにもう二十年住んでるんだ」

 

 

「二十年?」

 

 

「そう、あたしはこの娼館の前に捨てられていたんだ。

 

ここのマダムが拾って育ててくれて、今ではここの一番の稼ぎ頭だよ」

 

 

 アンナは屈託のない笑顔をグレイスに向けてドレスを脱ぐと、薄物の部屋着を身につけてベッドへ勢いよく寝転んだ。

 

 

「あんたのおかげで今日は客の相手をしなくてもすむよ。

 

若くったって疲れは溜まるからね、毎日稼いでるんだ、たまにはこうした夜があってもバチは当たらないさね」

 

 

 グラスに注がれた果実酒はとろりとした琥珀色で、芳醇な果実の匂いが部屋の中に充満し、飲まなくても心地良い気分になる不思議な酒であった。

 

 

「一緒に来たのはあんたの母親かい?」

 

 

 起き上がったアンナはグレイスの前の椅子に座り、喉を鳴らしながら果実酒をおいしそうに飲み干した。

 

 

「いいえ、違うわ。

 

サリヤは楽団長の妹で、私たち楽団員の世話をしてくれているの。

 

楽団にはなくてはならない存在で、そうね、私にとっては母のようなものだわ。

 

私も楽団に拾われて、今こうして一緒に旅を続けているというわけ」

 

 

 

「やっぱりそうか。

 

あんたとあたし、なんだか同じ匂いがしたんだ。

 

だから話してみたくなったのかもしれない」

 

 

 

 そう言ったアンナは嬉しそうに笑った。

 

 二十歳になるというアンナは歳よりも若く見え、雪のように白い肌と豊満な肢体に似つかわしくないほど幼い顔立ちをしていた。

 

 さばさばした飾り気のない性格が男たちは心地良いのか、時折り容赦ない物言いになってもアンナの人気は衰えることはない。

 

 幼さの残るあどけないアンナの横顔を見ていると、酒場で男たちを相手に啖呵を切った女と同一人物だとは思えないグレイスであった。

 

 

「キャメロン卿のパーティーで踊ったなんて、あんたたちの楽団はすごいんだね」

 

 

 アンナは瞳を輝かせて身を乗り出した。

 

 

「キャメロン卿ってそんなに高名なの?」

 

 

「そりゃあね、国王陛下の叔父君だもの。

 

勇敢で品行方正な大貴族様だ。

 

あたしたちは滅多なことでは御姿さえ見られない、雲の上のお方なんだ」

 

 

 旅の楽団員じゃ知らないのも当然だと、アンナがこの国について説明してくれた。

 

 国土のわりに資源が豊富なこの国は、隣国の大国がその資源を狙って何かと内政に口を出してくることに困り果てているという。

 

 聡明な国王と正妃は仕える家臣たちとともにこの難局を乗り切ろうと必死らしい。

 

 何かと干渉されながらもなんとか国としての体制を保っているが、それもいつまで持つことかとアンナは深いため息をついた。

 

 そして隣国が付け込む国王夫妻の最大の弱点は、何年も後継ぎが誕生しないことであった。

 

 後継ぎがいて国は盤石となり、他国からの干渉を受けることなく国をさらに盛り上げてゆくことができる。

 

 その待ち望んだ後継ぎが先日誕生し、国中が祝賀ムードに溢れている最中の、キャメロン卿が催したパーティーにグレイスたち楽団が招待されたというわけである。

 

 

「あたしはよその国に行ったことはないけれど、おそらくどこの国よりもここは幸せなんだと思う。

 

街へ出れば底辺だと罵られるあたしたちだって、この国なら最低限の暮らしをしてゆける。

 

でもね」

 

 

 アンナは立ち上がり窓際に立つとグレイスを手招いた。

 

 2階のアンナの自室からは娼館の入り口付近がよく見える。

 

 

「ご覧、まただ」

 

 

 アンナの声が小さく震え、グレイスの瞳には人の通りが途絶えた一瞬の間に、女が籠らしきものを玄関の脇に置いて走り去ってゆくのが見えた。

 

 それを見たアンナの表情はギョッとするほど憂いを帯びていて、今にも泣き出さんばかりであった。

 

 

「捨て子だよ」

 

 

 呟いてアンナは部屋を出て行った。

 

 しばらくして玄関に用心棒の男と一緒にアンナが現れ、男は慣れたように籠を抱えてどこかへ消えて行った。

 

 部屋へ戻ってきたアンナは暗い表情を硬くして、

 

 

「女の子だったよ」

 

 

「……よくあることなの?」

 

 

「そうだね、一週間に一度はここに置いてゆくよ。

 

ここだけじゃない、他にも子どもが捨てられているところがこの国にはたくさんあるんだ。

 

ーーグレイス」

 

 

 アンナはグレイスを真っ直ぐにみつめ、苦しそうに言葉を絞り出す。

 

 

「国中から望まれる命があれば、ひっそりと路地裏に捨てられる命もある。

 

同じ命であるはずなのに、天と地ほど違うこの差はいったい何だと思う?

 

命の重みは等しく同じはずなのに……」

 

 

 アンナの瞳から涙が頬を伝い溢れるのを、グレイスは静かにみつめた。

 

 国民がこぞって誕生を祝う国王の御子と、捨てられて籠の中でか細い声で泣いていただろう赤子。

 

 母の青い更紗を身に纏い、捨てられて街角に佇んでいた幼い頃の自分の姿を赤子に重ねて、グレイスは胸の奥がズキリと痛んだ。

 

 同じ人として生を受けたその瞬間に、理不尽なまでの差もそこに生まれていることを、グレイスは嫌でも思わざるを得なかった。

 

 そのとき扉が小さく叩かれると、用心棒の男がひっそりと現れた。

 

 

 

アスラン

 

 

 

 アスランと呼ばれたその用心棒はグレイスに会釈をすると、

 

 

 

「シスターたちにはいつも通りに頼んできた。

 

それよりもマダムが相当お怒りだぞ」

 

 

 

「ええ⁉︎

 

今夜は隣町にそのまま泊まってくるんじゃなかったの⁉︎」

 

 

 アンナが素っ頓狂な声をあげて頭を抱えた。

 

 

 

「予定が変わったらしい。

 

そちらのお連れ様と今やり合ってしまって……」

 

 

 

 アスランが申し訳なさそうにもう一度グレイスに頭を下げた。

 

 

 

「サリヤと?」

 

 

 

アンナはため息をついてグレイスの手を握った。

 

 

「すまないね、あんたの連れが嫌な思いをしてないといいんだけど……。

 

この娼館の女主人、マダム・アイシェン。

 

あたしの育ての親でもあってね……」

 

 

 階段をドスドスと上がってくる足音が聞こえてくると、アンナはアスランと顔を見合わせて天を仰いだ。

 

 

 

「アンナ!アンナ!」

 

 

 扉がもげるような勢いで開き、紅いドレスの裾をばさばさと広げながら白髪の老女が息巻いて入ってきた。

 

 

「アンナ!誰に断って今夜の客を帰したりしたんだい⁉︎

 

金にならないことはするなとあれほどきつく言ってあるだろう!

 

アスラン

 

お前がついていながらなんて様だ!」

 

 

 マダム・アイシェンの迫力の前では男たちの前であれほど威勢の良かったアンナと、酔っ払った男たちを一瞬にして追い払う屈強なアスランが、まるで生まれたての子犬のように小さく見えるのをグレイスは目を丸くして眺めていた。

 

 

「あんたかい、階下にいた婆あの連れは!

 

まったくなんだい、あの婆あは!」

 

 

 

「はじめまして、私、旅の楽団で踊り子を……」

 

 

 

「ああ言えばこう言って人の家に勝手に入って、しかも茶なぞ飲んで、いったい何様だい⁉︎

 

茶代はしっかりともらうからね!」

 

 

「連れの者とともにお邪魔しております、私、旅の踊り子でグレ……」

 

 

「あぁ、そうだ!

 

あんたたちのせいでアンナの客が帰って、今日の稼ぎが減っちまったんだ。

 

その分をきっちり払ってもらおうかね!」

 

 

 マダム・アイシェンはいい考えだと言わんばかりにパアッと表情を明るくして言った。

 

 

「マダム!

 

この人はあたしの大切な客なんだ!

 

いくらマダムでも失礼な振る舞いは許さないから!」

 

 

「……なんだって?」

 

 

 アンナの言葉に眉根をひゅっと寄せたマダム・アイシェンはゆっくりとアンナに詰め寄った。

 

 

「酒場で絡まれていたのをこの人と連れの楽団の人たちが助けてくれたんだ。

 

だからお礼をしたくてここへ来てもらった。

 

客を返したのは悪かったけど、この人たちは明日にはこの国を出てゆくんだ。

 

お礼をするなら今夜しかないじゃないか!

 

だから……」

 

 

 

 アンナは俯いてギュッと唇を噛みしめた。

 

 開いた扉のところにはマダム・アイシェンを追って上がってきたサリヤの姿もあり、グレイスと目を合わせて肩をすくめ、少し笑いながら再び階下に降りて行った。

 

 

「ご招待されたとはいえお仕事中にお邪魔してしまったことはお詫びいたします。

 

アンナの時間をいただいた報酬はお支払いいたしますわ」

 

 

「あんた、旅の楽団の踊り子らしいじゃないか。

 

さすが話が早いね」

 

 

 マダム・アイシェンはフン!と鼻を鳴らしながらグレイスの顔を覗き込んだ。

 

 深い皺が刻まれた顔には丁寧に白粉が塗られ、薄い唇には真っ赤な紅が引かれている。

 

 若い頃はさぞ美しかったろうマダム・アイシェンの鋭い視線に怯むことなく、グレイスも真っ直ぐにみつめ返した。

 

 

「あいにく、現金は長が管理しているので今持ち合わせがないのですけれど」

 

 

 そう言ってグレイスは腕につけていた金の腕輪を外してマダム・アイシェンに渡した。

 

 

「キャメロン卿から私にといただいた金の腕輪ですわ」

 

 

「なんだって⁉︎

 

キャメロン卿⁉︎」

 

 

「せっかくいただいたものですけれど、私にはお渡しできるものがこれしかなくて。

 

マダムに仰られるまでもなく、これはアンナに渡そうと思っていたんです」

 

 

「グレイス、どうして……?」

 

 

 アンナが小さく呟きグレイスをじっとみつめた。 

 

 

「私がただ腕につけているよりも、あなたなら子どもたちの未来のためにこの腕輪を役立たせてくれると思ったから。

 

この国を担う子どもたちのためならば、キャメロン卿もきっとお許しくださると思うわ」

 

 

 グレイスの言葉に瞳を潤ませているアンナを横にして、マダム・アイシェンはフン!と大きく息をついて金の腕輪をグレイスの手に押しつけた。

 

 

「キャメロン卿は国王陛下の叔父君だ。

 

そんなお方から下賜されたものをもらうわけにはいかないね!

 

でもあんたがどうしてもアンナに渡したいというのなら、ちゃんと一筆書いたものを置いて行っておくれよ!

 

盗人だと衛兵にしょっ引かれたんじゃ敵わないからね!」

 

 

 

「マダム……」

 

 

 鼻をグスグスと赤くして目を潤ませているアンナを見たマダム・アイシェンは、くしゃくしゃになったハンカチでアンナの涙を手荒く拭うと、

 

 

 

「なんだい、みっともない!

 

いい歳して子どもみたいに泣くんじゃないよ!

 

まったく、明日は今日の分までしっかり稼いでもらうからね!」

 

 

 ブツブツこぼしながら部屋を出ようとしたマダム・アイシェンは、つと立ち止まりグレイスを振り返ると、

 

 

「グレイス、といったね。

 

ーーありがとう。

 

アンナを助けてくれてあたしからも礼を言わせてもらうよ。

 

こんなグズだけど、あたしの大切な娘の一人なんでね」

 

 

 そう言うと本当にグズな娘で困ったもんだよとこぼしながら、

 

 

「あぁ、シェリ

 

あんたの客が階下で待ちぼうけくらってるよ、早くお行き!」

 

 

と大きな声を出しながら階下へ降りて行った。

 

 マダム・アイシェンが降りてゆくのを確認すると、アンナははぁっと深い息をついてソファーに横になり、アスランも疲れたように床に寝そべった。

 

 そんな二人の姿がまるで母親に叱られた幼い子どものようで、グレイスは思わず声を上げて笑った。

 

 

「笑い事じゃないわ、グレイス。

 

マダムは本当に怖いんだから!」

 

 

 

「アンナがマダムに言い返すなんて思ってもみなかったな」

 

 

「火の玉みたいに怒っていたね。

 

あんまり逆らうとここを追い出されちまうかな」

 

 

「追い出されたら二人で何処へでも行けばいい、それだけのことだ」

 

 

 真剣な眼差しを向けるアスランと、そのアスランを聖母のような優しい笑みで受け止めるアンナを、グレイスはこれこそ連理の枝、比翼の鳥なのだと思う一方で、ほんの少しチリッとした痛みが心に突き刺さるのを感じた。

 

 幼い頃親に捨てられ、拾われた先で一人必死に生きてきた。

 

 アンナとグレイス、ともに似た環境でありながら決定的に違うものーー。

 

 

ーー私には、『アンナのアスラン』がいない……。

 

 

 自分のすべてを受け止めてくれ、何があろうとともに生きてゆくという強い想いで繋がれている唯一の人。

 

 繋いだ手から伝わる愛のぬくもり、グレイスにはその温かさを感じることができない。

 

 アンナが手を伸ばせば常に触れられるところにあるそのぬくもりを、グレイスはどんなに手を伸ばしても永遠に手に入れることはできないのだ。

 

 目の前で微笑みあう恋人たちの姿をどこか妬ましい気持ちで眺めながら、グレイスは金の懐中時計をそっと取り出した。

 

 金の鎖がシャラッと優しい音を立てて手の中から滑り降りる。

 

 

ーートウヤ……。

 

 

 一人遠い世界へ飛び立って、もう二度と逢うことのない愛しいひと。

 

 初めて訪れた東の国で運命の出会いを果たした董哉の魂は間違いなくこの形見の懐中時計に込められて、グレイスとともに世界を飛び回っていると信じている。

 

 

ーーだけど、トウヤ……。

 

 

 グレイスは俯いて懐中時計をそっと撫でる。

 

 

ーーときにはあなたのぬくもりがほしい夜があるのよ。

 

あなたを思い切り抱きしめて、心ゆくまで愛の言葉を交わす夜がほしい……。

 

ねぇ、トウヤ、あなたはどう思う?

 

 

 

 カチコチ……カチコチ……カチコチ……。

 

 

 優しい秒針の音がまるで穏やかな董哉の声に聞こえ、グレイスの胸が熱くなる。

 

 

『グレイスーー。

 

私は君の中に生きている。

 

私はいつだって君とともに世界を駆け巡っているんだ。

 

グレイス、君はわかるかい?

 

私が今どんなに自由で幸せか!

 

私はいつも君のそばにいる。

 

これからもずっと、君がいる限りずっと……』

 

 

ーートウヤ……。

 

 

 

『君は私の憧れなんだ』

 

 

 そう言ってグレイスの青みがかった灰色の瞳をじっとみつめていた董哉。

 

 

『私の代わりに、この懐中時計に世界を見せてやってくれないか?

 

君と一緒に私も広い世界を駆け巡るんだ!』

 

 

 病で痩けた頬を少年のように輝かせながら嬉しそうに笑っていた董哉の顔が浮かんできて、グレイスの瞳から涙が滂沱と溢れ出した。

 

 

「グレイス……」

 

 

 愛おしそうに懐中時計に頬ずりをするグレイスをアンナは優しく抱きしめた。

 

 

「その懐中時計、あんたの恋人のものかい?」

 

 

「……ええ。

 

とても大切な人の大事な時計で、一緒に旅をしているの。

 

もう二度と逢えない彼の代わりにね」

 

 

 アンナはグレイスの涙を拭うと、化粧台の引き出しから何かを取り出して、グレイスの手の上にそっと乗せた。

 

 銀色に光る小さなメダイには美しい女の姿が彫られてあった。

 

 

「女神イシュタルを知っているかい?」

 

 

「女神イシュタル?」

 

 

「戦と豊穣の女神イシュタルは、愛の女神でもあってね、あたしたち娼婦の守護神でもあるのさ。

 

美しく強い愛の女神の御加護をあたしたちは受けて生きているんだ。

 

世間からは底辺の者だと蔑まされていても、精一杯生きる者たちをイシュタルは守り力を与えてくださるんだよ」

 

 

 アンナはグレイスの濡れた頬にキスをして、

 

 

「あたしはこれからもここで生きていく。

 

教会にいる子どもたちにはあたしみたいにならないで、誰からも蔑まされない人生を歩いてほしい。

 

そのためにあたししかできないことをここでやってゆく、たぶん、命が尽きるまでね」

 

 

 アンナはニヤッと笑い、そして力強く言い放つ。

 

 

「あんたもそうやって生きていくんだろ?

 

恋人の心と一緒に。

 

あんたにしかできないことをするために、あんたの恋人が遺してくれた大切なものと一緒にさ」

 

 

 手のひらの上で光る小さなメダイをじっとみつめていたグレイスは、アンナの言葉を聞いて身体中に力が漲ってくるのを感じた。

 

 私にしかできないこと。

 

 心を込めて踊り、人の心に寄り添うように歌うこと。

 

 自由を夢見た董哉の魂とともに人生の旅をゆく。

 

 旅路が終わるそのときまで。

 

 

ーーそうだ、私は生きていく。

 

トウヤの魂と一緒に、私の道を歩いてゆくんだ。

 

 

「そのメダイ、あんたにやるよ」

 

 

「アンナ……」

 

 

「キャメロン卿の金の腕輪のお返しさ。

 

礼はいいからさ、マダムが言ったように一筆書いて出立しておくれよ?

 

衛兵に捕まるのはごめんだからね」

 

 

 戯けたようにアンナは言い、グレイスをもう一度抱きしめて、

 

 

「よく覚えておいで。

 

あんたは一人じゃない。

 

あんたにもイシュタルの御加護がきっとあるよ」

 

 

 その声はあまりにも優しくて、グレイスはまるで女神イシュタルの御胸に抱かれているような安心感に包まれて、心から安らいだ穏やかな気持ちになるのだった。 

 

 

「……歌ってもいい?」

 

 

「ここで?」

 

「ええ。

 

メダイのお礼と、私を守ってくれる女神イシュタルへの感謝を込めて歌うわ」

 

 すうっと息を整えてグレイスが歌い出すと、天使の歌声と誉高い歌声にアンナもアスランも目を見開いた。

 

 

「一人歩く道の上に 降るはあたたかな光

 

風が吹き雲が流れゆく空に 輝くは星の光

 

あなたのぬくもりは 私を優しく包み

 

あなたのぬくもりは 私を突き動かす

 

私に降り降りる光を、さぁ今

 

この手に抱きしめて歩き出そう」

 

 

 グレイスの歌声は静かに響き渡り、爽やかに駆け抜ける風のように娼館を駆け巡るのであった。

 

 

娼館を出る頃には空はうっすらと白み始めていた。

 

 

「フン!

 

やっと出て行くのかい!

 

うちは茶を飲むそこいらの安い店とは違うんだよ!

 

まったく!」

 

 

 マダム・アイシェンは最後まで悪態をついていたが、グレイスがキャメロン卿の金の腕輪の渡譲書を書いて渡すと、まぁ茶代としてもらっておこうかねとコホンと咳払いするのにグレイスとアンナは顔を見合わせて笑った。

 

 

「まったく、ひどい目にあったもんだ」

 

 

 宿へ戻る道すがら、大きく息をつきながらサリヤは言った。

 

 

守銭奴の婆さんなのに、あんなに女たちから慕われているのがさっぱりわからんな」

 

 

 不思議なこともあるものだと首を傾げるサリヤの、歳をとって丸くなった背中をグレイスはじっとみつめた。

 

 楽団に拾われたグレイスを母のように愛情を持って、時には厳しくも育ててくれたのはサリヤだった。

 

 アンナにとってのマダム・アイシェンが特別な存在であるように、グレイスにとってもまたサリヤはかけがえのない存在であった。

 

 グレイスはポケットから懐中時計とメダイを取り出した。

 

 懐中時計は変わらずに優しい時を刻み、メダイが力強くグレイスの背中を押してくれる。

 

 午後になればこの国をあとにして次の新天地へ旅立ち、グレイスの旅路は続いてゆく。

 

 

ーーこの手にぬくもりを感じられなくても、心はいつもどんなときもトウヤのぬくもりを感じていられる。

 

そうよね、トウヤ……。

 

 

 グレイスは懐中時計にそっとキスをしてポケットへしまった。

 

 

「グレイス!

 

早く帰って休むぞ!

 

休息を取らないとおまえはすぐに風邪を引くからな」

 

 

 小言を言いながらも自分を気遣うサリヤの優しさが嬉しくて、グレイスはサリヤの腕を取りステップを踏むように歩き出すとサリヤは慌てて声を荒げた。

 

 

「グレイス!

 

夜明け前でまだ薄暗いんだ、ちゃんと前を向いて歩け!」

 

 

 わかったわかったと肩をすくめたグレイスはふっと空を見上げた。

 

 幾重にも重なった青が空を舞う更紗のように幻想的に広がっている。

 

 滲みゆく空の青に明けの明星が美しい輝きを放ち、その光はグレイスと董哉の新たな旅路を明るく照らすのであった。

 

 

 

 

                  完

 

 

 

 

 

 

人の想いのぬくもりは実際に目にして感じるものだけでなく、心で感じるぬくもりもあります。

 

そして目にみえなくても心に感じるぬくもりは、いつまでもいつまでも消えることはないのです(*´꒳`*)

 

今回もグレイスと董哉の旅にお付き合いいただきありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡

 

次回も楽しんでいただけたら嬉しいです

(●´ω`●)✨💕

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます

(*´꒳`*)