まーたる日記

米津さんLOVE❤️のブログ初心者です(^з^)-☆見た目問題当事者の視点から「見た目問題」について綴るとともに、まったり日常で思うことを書いていきます(*´꒳`*)よろしくお願いします(*´∀`)♪

まーたる、ショートストーリーを書いてみた⑬

まーたる、ショートストーリーを書いてみた第13弾ヽ(*´∀`)

 

 

お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)

 

 

                     

 

        「スープ」

 

 

 

 木枯らしが吹く夜の我が家の定番はスープだ。

 

 たくさんの野菜をふんだんに入れて長時間煮込むコンソメスープ。

 

 駅のホームに降り立った暁人は、びゅうっと吹きつける冷たい風に思わず首をすくめ、誰一人として口を開く者のいない人の波に乗るように改札を出た。

 

 見上げた夜空には煌々とした月が美しく浮かび、暁人はつい少し前まで腕の中にあった栞のぬくもりを再び思い出していた。

 

 会社が入っているビルにある本屋でバイトをしている栞と、道ならぬ関係になったのは夏の終わりのこと。

 

 本屋で社員証を落とした暁人に栞が届けてくれたのが始まりだった。

 

 お礼にと本屋の隣にあるカフェに誘った暁人は、栞が自分と同じミステリー作家のファンだと知り、思いの外話が弾みその流れでなんとなく連絡先を交換し、そして何度か二人で会う内に行ってはならない禁域に行ってしまい……。

 

 というのが今に至る経緯なのだが、栞とはひとまわりも歳が離れているにもかかわらず不思議と年齢差を感じなかった。

 

 本屋に勤めていて大の本好きだという栞は二十代というには落ち着いていて、穏やかな性格の暁人と話の内容も笑いのポイントも本当にぴったり合った。

 

 もちろん、身体の相性も。

 

 むしろその身体の相性こそが暁人にはどうしても手放せないものだ。

 

 自分でも下衆だと思う。

 

 二人きりの艶めいたひと時のあと離れ難い気持ちを無理やり押し殺している栞を見ると、それまで栞へ抱いていた熱い想いが急激に冷めてゆくのを感じてしまう。

 

 そのくせいつまでも身体を離したがらない栞に暁人もまた熱くなり、栞を抱きしめる腕を容易に解くことができない。

 

 その結果帰宅時間が大幅に遅くなってしまうのだが、それは仕方のないことだと思った。

 

 

ーーそう、仕方ないんだ……。

 

 

 栞の若さに絡めとられている暁人は、もう栞を手放すことができない。

 

 びゅうっ……!

 

 再び冷たい風が吹きつけ、暁人はぐるぐるに巻きつけたマフラーに顔を埋めて足早に歩き出す。

 

 昨年のクリスマス、妻の依子からプレゼントにもらった濃紺のカシミアのマフラーに鼻を埋めて。

 

 

 

 3LDKのマンションは結婚してまもなく購入したもので、だから依子がここに住んで2年が経とうとしている。

 

 シンプル イズ ベストのマンション。

 依子も夫の暁人もインテリアや洋服、そして考え方までもシンプルが好きだ。

 

 アイボリーの壁を天井からぶら下がったシェードランプの灯りが温かく照らし、依子の背丈ほどもあるクリスマスツリーのオーナメントがぴかぴかと光る。

 

 ル・クルーゼの赤い鍋の中身がくつくつと音を立てていて、煮込まれた野菜とコンソメの匂いがリビングに漂っていた。

 

 一年中を通して依子はスープを作るのが好きだ。

 

 特に寒い冬の季節になると様々なスープが食卓に上がり、寒がりな夫を喜ばせた。

 

 暁人が大好きな野菜のコンソメスープ。

 

 目の前で煮込まれているスープには、暁人が好きな芽キャベツがやわらかく浮かんでいる。

 

 時計の針は10時を指していて、もうじき暁人が帰ってくる頃だ。

 

 あの子と会う日はたいてい10時過ぎに帰宅する。

 

 この数ヶ月間、木曜日になると必ず帰宅時間が遅くなっていることを暁人はわかっているのだろうか。

 

 そのことを妻がわからないとでも思っているのだろうか。

 

 

ーーいつまでもおめでたい人……。

 

 

 スープをゆっくりかき混ぜながら息をつくと、そのため息を吸い込むようにスープが渦を作った。

 

 依子はテーブルにスープ皿やカトラリーを淀みのない動きで準備する。

 

 

ーースープをおいしく作るこつはね、心を込めてゆっくりかき混ぜることよ。

 

食べる人の笑顔を思い浮かべながらね。

 

 

 料理名人だった母の声が聞こえるような気がして依子は少し身構える。

 

 

 

「ママ、私がそれを必要としていないとしても?」

 

 

 クリスマスツリーにきらきらと輝く星のオーナメントを見上げて、薄く笑みを浮かべた依子は独言呟いた。

 

 スイッチを入れるとツリーが色とりどりの光を放ち始め、依子の無表情に冷めた横顔を照らしていく。

 

 

 

 駅から徒歩7分という好立地にあるマンションの明かりが見えてくると、なぜか暁人はいつもホッとしてしまう。

 

 帰ってきたという安心感が必ず決まって込み上げてくるのだ。

 

 2年前に結婚と同時に購入したマンションは、依子と趣味が似ているということもあり、暁人には居心地の良い空間だった。

 

 妻の依子は友人の紹介で知り合った。

 

 取り立てて美人というわけではないが料理上手な穏やかな性格で、何より自分を飾らなくてすむことが暁人には魅力的であった。

 

 そして誰よりも自分を愛してくれている。

 

 依子の自分への愛情を暁人は日々感じていたし、自分も依子を愛している。

 

 ならばなぜ栞と逢瀬を重ねるのか。

 

 身勝手は重々承知だが、栞には心を求めてなどいない。

 

 心は常に妻、依子の上にあり、幸せにしたいと心から思うのは依子だけに他ならない。

 

 しかし栞を知ってしまった今思うのは、栞との関係が依子との生活のバランスをあまりにも心地良いものにしているということだった。

 

 依子には穏やかな愛を、栞には刺激的な欲望を。

 

 自分にはどちらも必要不可欠な存在だ。

 

 

 だから、暁人は依子を手放すことなどできない。

 

 エレベーターに乗り込み、箱はゆっくりと上がってゆく。

 

 栞とのことは依子に決して知られることはないと思っているし、知られてはいけない。

 

 昔気質の父親の背中を見て育ったせいか、暁人は妻には家庭に入ってほしいと思っていたし、代わりに妻を養えるだけの豊かな経済力も手に入れているのだ。

 

 こんな寒い夜は依子はおそらくスープを作っていてくれるだろう。

 

 ドアを開けると待ち兼ねたように帰ってきた夫を出迎えてくれるはずだ。

 

 妻の手を握り締め、きみが作るスープが恋しかったとキスをしよう。

 

 エレベーターの扉が開き、あたたかい我が家へ続く廊下をゆっくりと歩き出す。

 

 

 

 ボビー・コールドウェルの力強くも切ない歌声を聴きながら、依子はゆっくりとスープをかき混ぜていた。

 

 弱火でじっくりと時間をかけて煮込んだスープは、もうこの上なく極上の味になっているはずだ。

 

 スープをかき混ぜながら依子はふとダッシュボードの上に飾ってある写真立てに視線を向けた。

 

 昨年の夏、沖縄旅行に行ったとき海辺で撮った写真。

 

 弾けるような暁人の笑顔と太陽の眩しさにかこつけたぎこちない笑顔の自分をみつめて、依子はふっと小さく笑った。

 

 自分にとって暁人は夫であって夫ではない。

 

 もう二度と会えない世界に行ってしまった最愛の人に似た夫。

 

 出会った瞬間にあの人が戻ってきたのかと思うほどで、そのとき依子はもう二度と離さないと誓った。

 

 妻が夫の上に違う男の面影を常に抱いて暮らしていることを知ったら、暁人はいったいどうするのだろう。

 

 自分を心から愛していると信じて疑わない、おめでたい夫。

 

 以前は依子の中にも良心の呵責があったものだが、暁人の浮気現場を偶然見かけたという女友達がご丁寧にも知らせてくれたおかげで、心おきなくあの人を想いながら生きていけるとホッとしたのだった。

 

 

ーー身体に囚われているのと心を囚われているのと、いったいどちらが罪深いのかしら……。

 

 

 かき混ぜる手を止めるとスープがくるくると渦を作り、やわらかな野菜が優しく踊るように渦に乗っている。

 

 おそらく暁人はこれからも女との関係は続けていくのだろう。

 

 そして自分は暁人の上にあの人の面影を重ねてこれからも生きてゆく。

 

 おあいこだと依子は思う。

 

 身体と心の違いはあっても、お互いを裏切っているということは紛れもない真実で、それはお互い様であった。

 

 それならばそれでいい。

 

 お互いが求める夫婦像をこの先も演じていけばいいだけのことだ。

 

 そこに罪悪感などなく、むしろお互いをより思いやる関係でいられる気がした。

 

 スープの中の小さな渦に依子の想いが吸い込まれてゆく。

 

 

「ただいま」

 

 

「おかえりなさい。寒かったでしょう?」

 

 

「かなりね。

 

やっぱりコンソメスープだった!

 

帰ってくる間、ずっと依子のスープが恋しかったよ」

 

 

「ありがとう。

 

最高の褒め言葉だわ」

 

 

「依子の愛がたっぷり入ってるのを感じるよ」

 

 

「そうよ、私の想いがスープに溶け込んでいるの。

 

たくさん食べてね」

 

 

 

 手を洗い、嬉々としてテーブルにつく暁人に依子はにっこりと笑って言った。

 

 

 窓の外には冷たい木枯らしが吹きつけている。

 

 

 

 

 

                  完

 

 

 

とある夫婦の日常に潜む狂気を表してみました。

 

こんなことが実際にあったら、と思うと背中がゾクゾクしてきます。

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)